「一見あり得そうもない内容に思えるが…」尿から反応→覚醒剤取締法違反で逮捕→無罪判決の“顛末”

覚醒剤取締法違反(使用)で起訴された会社役員の男性(52)に対する判決公判が10月3日に東京地裁で開かれ、平出喜一裁判長は「故意に使用したとは認められない」と無罪を言い渡した。一方、捜査を行った警視庁愛宕署の対応について「信頼を大きく害する。捜査自体の正当性を揺るがしかねない」と非難した。
被告人だった男性A氏が覚醒剤取締法違反で逮捕されたのは2020年1月のこと。その経緯は複雑だ。そもそもA氏に対しては愛宕署が、旅券法違反で捜査を進めていた。
公判で明らかになったところによればA氏は2018年11月、脅迫罪と覚醒剤取締法違反により東京地裁で実刑判決が言い渡されていた。控訴するも、2019年5月に控訴棄却。そして上告中、保釈されたのちにタイに渡航していた。この旅券申請にあたり「現在進行中の刑事事件はない」旨の虚偽の事実を申告していたことから、旅券法違反での捜査がすすめられていたのだった。脅迫と覚醒剤取締法違反については、最高裁で上告も棄却され、刑が確定していたが、刑務所への収監を逃れ続けていたという。こうした経緯から愛宕署は、当時のA氏の居住先を掴み、出入口に秘匿カメラを備えた。逮捕直前である2019年12月のことだった。
問題になった「秘匿カメラ映像」
それまで愛宕署は何度か、保釈逃亡中だったA氏を確保しようとしていたが、接触できずにいた。秘匿カメラで出入りを掴み、翌2020年1月8日に逮捕の日を迎える。
公判ではこの「秘匿カメラ映像」、そして映像データの取り扱いについて、愛宕署の不手際や証言の不可解さが目立った。
まず秘匿カメラ映像は、こともあろうにA氏が確保された瞬間を記録できていなかった。
逮捕の日、愛宕署の刑事らが、マンション近くに停めた捜査車両2台に分かれて待機。うち1台に、その秘匿カメラの映像受信機とパソコンを持ち込み、映像を通じて出入り口付近の確認を行っていた。するとA氏の車が駐車場にやってきたことから、捜査員らは捜査車両を降り、マンション出入り口前へ。ところが「映像受信機とパソコンが積まれた捜査車両のドアを閉めた際、受信機の電源が切れてしまったため、それ以降の映像が保存されなかった」(証人出廷した刑事の証言)というのだ。
さらに、映像を記録していたDVDが「フォーマット(初期化)」された形跡があることも、証拠から明らかになった。
公判は2021年11月から開かれていたが、同年12月以降、期日間整理に付されていた。DVDの解析結果が証拠として提出されたのは、ようやく再開となった23年1月の公判でのこと。DVDは「2回フォーマットされたと考えられる」のだという。
にもかかわらず、23年3月の公判に証人出廷した当時の捜査主任刑事から、これについて明確な証言がなかったのだ。
検察官「DVDの一部のうち、逮捕の日の映像データDVDが読み込めないことが判明したのはいつ?」
主任刑事「確か2021年1月中旬ごろです。当時の担当検事からDVDの中身を確認するよう指示を受け、事務室内で確認したところ、見れないことが発覚した。当庁の捜査支援分析センターに持ち込み、分析を頼みました」
こうしてフォーマットの事実が分かったというのであるが、その原因について弁護人から問われた刑事は「分からない」と不可解な返答に終始した。
他の場所に備え付けていた秘匿カメラの映像を記録していたDVDも存在した。これらは「封筒に入れて茶箱で保管」していたというが、証人出廷にあたり映像を確認しようとした際、一部再生できない不具合が確認されたという。
これらDVD不具合の原因について思い当たるところを問われても、刑事は「分かりません」と答えるのみだった。捜査主任であったはずの刑事による曖昧な返答は裁判官らに大いに不信感を抱かせたようだ。判決では「真実の申告をしておらず、信頼を大きく害する。捜査自体の正当性を揺るがしかねない事態である」と、強く非難されている。
A氏から採取した尿から覚醒剤反応
さて肝心の覚醒剤については、逮捕当日にA氏から採取した尿から覚醒剤反応が認められている。これについて弁護側は、次のように述べていた。“故意に使用していたわけではないため無罪”だという主張だった。
「逮捕直前に、A氏が喉の渇きを訴えた際、車にあったペットボトルを警察から渡されて飲んだが、そこにA氏の知人女性が使っていた覚醒剤が混入していた可能性があり、A氏が意図的に覚醒剤を使用したわけではない」
逮捕当日、車で帰宅したA氏を確認した愛宕署の刑事らは、捜査車両を降りてA氏を確保。車だけではなくマンション居室内の捜索も行うため、事前に捜索差押許可状の発付を受けるなど準備していた。ところが「実際に部屋に行ってみると掃除している人がいて違和感を覚えた。令状を執行しようと読み上げ始めたが別の捜査員が来て、どうやらここは違うらしいと。また続けて関係者が来て、今日付で上の階に移動したと聞かされた」と、刑事の一人は証人尋問で明かした。
A氏は被告人質問で、この引っ越しについて「部屋は逮捕前日までの契約だった」と説明。またこの事件は愛宕署が捜査していたが、A氏は浅草署の刑事とは連絡を取り合っていたほか、服をプレゼントする間柄だったことも語っていた。逮捕直前の旅行中、浅草署の刑事から「いつ自宅に戻るのか」と電話がかかってきたため「刑事さんから連絡来る時は、当日か近くで捜査したりすることがあった。(今回も)そういうことなんだろうと」と語った。本来の帰宅日を1日ずらして、浅草署の刑事に伝えていたという。
部屋の捜索は不可能となったものの…
部屋の捜索は不可能となったものの、車の捜索は行われた。その際A氏は複数回喉の渇きを訴え、刑事から渡された水のペットボトルを数本飲んだ。のちの検査で尿から覚醒剤反応が出たという。A氏はその際に「覚醒剤が混入したペットボトルの水を飲んだ」と主張。捜索時に飲んだ水のひとつが「車内にあったものを刑事から渡された」ものであり「当日車に乗せた知人女性が、ペットボトルの水で使用済み注射器を洗ったことが原因だと思う」と主張していた。
判決ではこれについて「一見あり得そうもない内容に思えるが、虚偽と認める証拠がなくこれを排斥できない」と認定。当時、水を渡した刑事は「車内で未開封のものを確認して渡した」と証言していたが判決は「外観から開封済みかどうかを確認するのは容易でない。開封済みのものを未開封と誤認した可能性も否定できない」として、“車内にあった覚醒剤混入の水を飲んだ”可能性も捨てきれないとした。
A氏の言い分はたしかにあり得そうもない内容だったが、それよりも警察の対応の杜撰さが目立った。双方控訴せず、判決は確定している。
(高橋 ユキ)

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