がれきの下、呼び出し音が知らせた妻の居場所「ごめんな」 能登地震

大地震翌日の夕暮れ近く。倒壊した石川県珠洲(すず)市蛸島町の実家前で、同県七尾市の会社員、道下伸治さん(62)は、救助活動を見守っていた。救出のめどがつかないと、救助隊は別の現場へ移ってしまう。「もう一度、電話してみよう」。携帯電話を操作すると、それまでつながらなかった妻の電話の呼び出し音が、がれきの下からかすかに伝わってきた。
年末から妻恵子さん(60)と帰省していた道下さんは元日の夕方、2人で手分けして室内を片付けていた。置物の整理などをしていたところ、大きな揺れを感じた。「収まったか」と思った瞬間、「ガーッ」というごう音とともに再度の強い揺れに襲われた。築100年超の木造2階建て住宅は、押し潰された。
崩れた建材の合間を縫って家からはい出した。比較的新しい増築部分にいた母加代子さん(87)も自力で脱出したが、妻の姿が見当たらない。翌2日の早朝から、がれきをかき分けながら妻の名を呼び続けた。しかし、返事はない。何度も電話をかけたが、呼び出し音は聞こえない。午後になって救助隊が来てくれた。
「最後に電話をかけてください。つながらなかったら次の現場に回ります」。隊員に促された道下さんは、震える手で電話をかけた。「かかっていないか?」「いや、聞こえない」。隊員らのやり取りが続く。やがて、1人が「こっちだ。音がするぞ」と声を上げた。冷たくなった恵子さんと対面できたのは、3日午前9時ごろだった。
「ごめんな。これから2人でやりたかったことがいっぱいあったのに、かなえてやれなくて……」。約30年前に知人の紹介で知り合い、結婚。恵子さんは、生家が染物店だったこともあり、和服が好きだった。休日には、金沢市の美術館に着物の企画展を見に一緒に出かけたという。
また、旅好きだった恵子さん。2023年の正月、親族と出かけた箱根旅行の思い出を楽しそうに振り返っていたという。これまで、互いの仕事の関係で海外旅行など長旅の経験はなかった。「そのうち行こうね、と話していたところだったのに……。もうかなわないのか」。道下さんのほおを涙が伝った。【井村陸】

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