こどもに接する仕事に就く人の性犯罪歴を確認する制度「日本版DBS」を含む法案(こども性暴力防止法案)の審議が9日、国会で始まる。DBSとは、モデルとなっているイギリスの制度「Disclosure and Barring Service」の頭文字をとったもの。こどもへの性犯罪をなくすための活動を行っている石田郁子さん(46)は、中学卒業間近から4年あまり、中学の美術教員の男性から性被害を受けていた。日本版DBSへの期待と課題、教員からの性被害を気付けない実情を聞いた。
石田さんは、中学の美術教員から「招待券があるから」と誘われ、中学卒業式前日、一緒に美術館を訪れた。美術を頑張っていたから連れていってくれるんだと思ったという。石田さんは美術館でお腹が痛くなり、教員にそれを話すと車で教員の自宅に連れていかれ、「実は好きだった」と告げられ、拒んだもののキスされたという。
「何が起きたかわからなくて、怖いとか気持ち悪いとかが何もない。今振り返ると、あまりに怖すぎて自分が感じる範囲を完全に超えてしまって麻痺した状態」
高校時代は2~3か月に1度会うなどし、性行為などの被害は4年あまり続いた。男性との交際経験がなかった石田さん。罪悪感や不安もあったが、知られたら怒られるなどと思い、親にも相談できなかったという。
当時、石田さんは性被害を受けていると認識できなかった。なぜなのか。
「学校の先生だという部分がかなり大きい。もともと尊敬の気持ちを持っていて、教員から好意を告げられた時に、尊敬とか憧れとか、ちょっと混同してしまう。同年齢の知らない男の人から言われたら、“ちょっと変かな”と思うかもしれないけど、先生だと非常に混乱する」
「当時の私の性犯罪のイメージは、夜道を大人の女性が1人で歩いていて怖そうな男の人に襲われるってものしかなくて、(自分の例は)そういうのじゃないって」
教員による脅しや口止めなどがあったわけではない。手紙を交換したり、スキーに行ったり、恋人同士のような行動もあったという。しかし、石田さんの希望を聞くことや話し合いはまったくなく、どのスキー場に行くかも当日会ってから告げられたという。
「先生の言うことを生徒は聞くという関係が作られていて。『今度いついつに会おうか』と言われて、その通りにした、断る発想はそもそもない」
性被害に詳しい専門家によると、加害者が教員など絶対的な立場の場合、被害者を巧妙に手なずけ、被害者は心身ともに支配されたような状態で、“恋愛だ”などと思い込まされ、被害だと気がつかない場合も多いという。
石田さんは37歳の頃、社会勉強のためと裁判を傍聴した。養護施設の男性職員が、施設に通う少女に性的な行為をしたという裁判だったが、年齢や関係性、職員の言い分が、自分と教員の状況に似ていた。
「私に起こったことは、裁判になるようなことだったのか―――」
その後、NPOなどに相談する中で、教員に会う時の“どんよりした雲のような気持ち”を思い出し、「普通の恋愛とは違った」と性被害を受けていたことに気づいたという。
石田さんはその後、教員と札幌市を相手に民事訴訟を起こした。「悪いことをした人が学校の先生をしているのはおかしい」という価値観のもと、目的は損害賠償ではなく、(性被害の)事実認定によって教育委員会が教員を処分をすることだった。2020年、東京高裁は損害賠償請求は棄却したが、性的被害の事実を認定。2021年、札幌市教育委員会はこの教員を懲戒免職とし、石田さんに謝罪した。
石田さんは被害を受け始めた頃、お腹の調子が悪く、アトピー性皮膚炎になる一方、人ともしゃべらずに猛勉強したという。それは、“勉強すれば嫌なことを考えなくて済むので自分を守っていたんじゃないか”と、被害に気づいた後、弁護士に指摘されたという。
また、男性との交際がうまくいかなかったが、理由がわからなかった。裁判の傍聴をきっかけに、性被害を調べ始めた頃、悪夢を見るようになり、教育委員会に交渉に行くと頭がボーっとし、電車内で当時のことを思い出して恐怖を感じるなどしていた。受診したところ、PTSDの診断を受け、数年間、治療を受けたという。
「周りの人に『あれはわいせつ行為だったんじゃないかと思う』と言ったら、『なぜ今さら』という反応が9割で、あとは『好きだったんでしょう』『付き合ってたんでしょう』という反応が多くて」
「本当に従属させられていたというか。自分も(当時は)認識できていないから、言葉でうまく伝えられない。今だったら『恋愛と思わされていた』とか一言で言えるんですけど」
もし周りの人に性被害を打ち明けられた場合、どう対応してほしいかを尋ねると、石田さんは「偏見なく、ただ黙ってとりあえず聞いて欲しい。何をしていいかわからなかったら、警察やワンストップセンターに電話をしてほしい」という。
「ワンストップ支援センター」は性犯罪や性暴力に関する相談窓口で、その認識が広まってほしいと石田さんは話している。
相談した結果、嫌な思いや経験をする二次被害の心配もあるとしつつ、どこかに相談してほしいと話す石田さん。男性が被害者の場合や時間が経過した場合など事情はさまざまで、ケースごとに異なる細やかな支援が必要だ。石田さんは相談員の待遇改善や被害者への公的サポートなどが必要だとし、「安心して相談できるようになってほしい」と話す。
「こどもへの性暴力は、いたずらとか言われてすごく軽い扱いを受けていたことを考えれば、ここ数年でだいぶ認識が変わってよかったなと思っています」
「せっかく政府が画期的な制度を作ってくれるんだったら、少しでも性被害がなくなるよう、形だけのものにならないで欲しい」
一方、法律の難しさやもどかしさも感じているという。
「今回(の制度は)刑事事件で有罪になったとか条例違反だけが対象なので、例えば裁判とかを経ないで、懲戒処分になって教員免許を失った人や、教員免許を失っていないけど、懲戒処分を受けた人とかはDBS(性犯罪歴確認)の対象に入っていない。そういう人たち、例えば教員免許を失っている人が、学校には戻れないけど、塾講師とか家庭教師をすることには制限がない」
「学校の先生は過去40年遡れるデータベースがある。ところがDBSは、刑事事件でも刑が終わってから20年なので、この40年よりも短く、仮に刑事事件だとしても、学校の教員だった人が別のところで働けてしまうという問題がクリアされていない」
石田さんは今月2日、こども家庭庁に日本版DBSと学校教員による性暴力に関する要望書を提出した。
「DBSができることで、よく初犯は防げないと言われる。ただそういう制度ができること自体が、もう《性暴力は1回でもやったら駄目なんだ》と強いメッセージになっていると思う。DBSをきっかけに、こどもを守るために、防止対策とか、教育も進めてほしいと思っています」