東京電力福島第1原発の処理水海洋放出が始まってから24日で1年となった。周辺の海水や魚介類から処理水に含まれる放射性物質トリチウムの異常値は確認されていないが、日本産水産物の禁輸を続ける中国は放出反対の立場を崩していない。透明性や信頼性の確保に向け、長く険しい廃炉の道のりは続く。
処理水を海水で希釈する直径約2・2メートルの巨大配管がひと際目を引く放水立坑の近くに立ち寄ると、「ザーザー」という大量の水が流れる音が聞こえた。
8月9日、通算8回目の海洋放出が行われる中、構内の放出関連施設が報道関係者に公開され、現地を取材した。
福島第1原発には、事故で溶け落ちた燃料(デブリ)が推計880トン堆積する。デブリは高温で極めて強い放射線を出すため、水で冷却し続けなければならない。さらに、原子炉建屋に流れ込む地下水や雨水とも混ざり汚染水が発生する。
汚染水は多核種除去設備(ALPS)で浄化処理されているが、トリチウムを除去するのは難しく、濃度が国基準の40分の1未満になるよう海水で薄めて放出。東電は開始以降、6万トン超を海に流したが、海水や魚介類のトリチウム濃度に異常はみられていない。
政府や東電はこの1年、透明性の確保に腐心してきた。国際原子力機関(IAEA)の協力も取り付け、2度の現地調査を踏まえた検証結果は「国際基準に合致している」との評価だった。日本産水産物を禁輸した中国と異なり、日本国内では風評被害はほぼ起きておらず、政府関係者は「風評抑制に一定の効果があった」と振り返る。
ただ、禁輸が響き、今年上半期の農林水産物・食品の輸出額は上半期として4年ぶりに減少した。東電は販路を失った漁業者らへの賠償額を約753億円と見積もり、7月末時点で約320億円の支払いが決まっている。
原発処理水の放出は、廃炉が完了する令和33(2051)年まで続く。だが、この1年だけを振り返っても、廃炉作業に伴うトラブルは後を絶たない。
昨年10月、作業員2人が高濃度の放射性物質を含む廃液を浴びて被曝し、ALPSが一時停止。今年4月には掘削作業中にケーブルを損傷し、放出が約6時間半止まった。今月22日には事故後初のデブリ採取を開始する予定だったが、装置の接続手順を誤る「初歩的ミス」で延期を余儀なくされた。
相次ぐトラブルは、東電への信頼だけでなく、風評再燃の火種になりかねない。世界が注目する廃炉の実現に向けて不安をどう取り除くか。東電の管理体制が改めて問われる。(白岩賢太)
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茨城大・鳥養祐二(とりかい・ゆうじ)教授の話
放出開始前に懸念された福島県産の水産物などへの風評は予想ほどではなかった。私自身、福島県産のヒラメなどを300匹以上分析したが、トリチウムは検出されなかった。スーパー最大手のイオンも自主検査をやっているが、同様の結果だった。
これは海洋放出が計画通りに実施された何よりの証拠である。そもそも自然界に広く存在し、体内に取り込まれてもすぐに排出されるトリチウムの性質を考えれば、当然の結果とも言える。
雨水に含まれる東京のトリチウム濃度の変遷をみると、実は米ソの核実験が頻繁に行われた1960年代の方が、現在よりもはるかに高濃度だったというデータもある。日本の飲料水は90%が河川に由来しており、この時代を生きた人々は高濃度の水を飲んでいたことになる。要するに、人体や環境への影響はないに等しいのである。
日本に限らず、原発を保有する国は必ずトリチウムを環境に排出している。最も大切なのは、国民が海洋放出を見守り、監視し続けること、それに尽きるだろう。