「首相」を決める選挙なのにオリンピックのような浮かれぶり…閣僚経験者が嘆く「派閥を失った自民党のお粗末さ」

自民党総裁選は9月12日告示、27日投票で行われるが、候補者が出そろった。立候補表明順に、小林鷹之前経済安全保障担当相、石破茂元幹事長、河野太郎デジタル相、林芳正官房長官、茂木敏充幹事長、小泉進次郎元環境相、高市早苗経済安保担当相、加藤勝信元官房長官、上川陽子外務大臣の9人である。
いずれの候補も「帯に短し襷(たすき)に長し」といった感じである。それに立候補者が多いからよいというわけでもない。
私は、派閥解散には反対である。派閥には問題もあるが、多くの利点もあり、新人議員の教育訓練、政策の勉強など、重要な機能を果たしている。
また複数の派閥が競合することで、党の活力が増す。大平正芳元首相はこれを「切磋琢磨」と呼んだ。
特に中選挙区制では「切磋琢磨」の果たす意味は大きかった。1選挙区から3~5人(例外的に2人、6人もある)が当選するので、同じ自民党から複数の候補が立候補する。政策も似かよっているので、野党候補との戦いより、同じ自民党の他派閥候補との戦いのほうが熾烈(しれつ)になる。
派閥の最重要機能は総裁・総理を生み出すことだ。派閥の領袖が総裁選に出れば、親分を首相にするために、子分が一丸となって勝利を目指す。この仕組みが政権の安定に欠かせなかった。
ところが、小選挙区制では1選挙区から1人しか党に公認されないため、派閥の意味がなくなってしまった。
今回の裏金問題でほとんどの派閥は解消してしまった。その結果、総裁選立候補者が派閥の領袖ではない状況が目立っている。
今回は茂木派から茂木敏充と加藤勝信が立候補した。岸田派からは、林芳正と上川陽子が手を挙げている。こんなことは中選挙区制下ではありえないことであった。
9人もの候補者が立候補した背景には、以上のような事情がある。だが、候補者の数が多ければよいというものではない。問題はその質である。
世論調査で人気ナンバーワンは石破茂か小泉進次郎である。防衛大臣、農水大臣など閣僚のほか、幹事長など党の役職を務めてきた経験からすれば、石破茂には総理大臣になる資格が十分にある。
ただ党内で人望がないことが問題だ。党員票と議員票が同じ重みを持つ1回目の投票では勝つかもしれないが、決選投票では議員票の重みが増すので、石破は敗退してしまう。2012年9月の総裁選がまさにそうであった。
石破の不人気の理由の一つは、政策について学者的な細かい議論をしすぎる点にある。とくに自ら専門分野と自負する防衛問題について、その傾向が強い。
また、同僚や後輩と飲食しながら腹を割って話すこともあまりなく、ケチだという評判がたってしまっている。
若手の議員は、選挙になると、知名度のある有力議員に応援を依頼する。依頼されたほうは、陣中見舞いを持って選挙区に入り、応援演説をする。その結果、当選が決まると、若手議員はその先輩議員に恩義を感じる。こうして自分のフォロワーが増えていき、派閥を形成できるようになる。
石破派(水月会)はあるが、事実上機能していない。なぜかというと、人が集まらないからである。もともと機能していなかったので、わざわざ派閥を解散するまでもなかった。
今回の総裁選で、9月2日、石破は金融所得課税の強化を打ち出した。金融所得には現行20%の分離課税であるが、これは富裕層優遇だという批判があり、それを念頭に置いた上での発言であった。
しかし、「貯蓄から投資へ」という今の政府の方針に反するとして、他候補はあまり賛成していない。
経済や金融については、石破の得意分野ではない。それをどのように克服するのか。
河野太郎は、2009年9月に党総裁選に初挑戦し、2015年10月に第3次安倍改造内閣で国家公安委員長として初入閣した。
2017年8月には外相、2019年9月に防衛相、2020年9月には菅内閣で行政・規制改革相に就任。
2021年1月からコロナウイルス、ワクチン接種担当を兼務し、2021年9月に2度目の総裁選出馬、2022年8月にはデジタル相に就任している。
私が国会議員のときに、河野は「変人」として目立っていたのをよく覚えている。原発推進派が多数の自民党の中で、原発反対を唱えていたからだ。
河野はその後脱原発論については修正し、「立て替え論」を展開している。だが、河野の主張がどこまで有権者の理解を得られるのか疑問だ。
安倍派の「裏金」議員をめぐる問題では、石破が選挙で公認しないことを示唆する一方、河野は不記載額の返還を求めている。
しかし、誰に、どのような形で返還するのか、詳細が不明であり、そもそも旧安倍派からの反発は必至だ。
さらには、河野がデジタル大臣として進めてきた「マイナンバーカード」も不評だ。多くのメリットはあるが、使い勝手の悪さなどさまざまな問題も指摘されている。
マイナンバーカードの導入にともない、従来の健康保険証を今年の年末に廃止する方針についても反発が多く、他の候補者の中には延期論を唱えるものもいる。
河野の最大の課題は「人気の低下」である。ワクチン担当大臣として行政手腕を評価されたのももはや昔の話だ。小泉や小林のような若手が参戦したことによって、「若手」をアピールできなくなったことも痛い。
私は林芳正とは福田内閣と麻生内閣で、また茂木敏充とは福田内閣で、共に閣僚を務めた仲である。
3人とも、東京大学卒で、さまざまな分野の政策に通暁(つうぎょう)している。
また加藤は大蔵官僚出身であり、やはり政策には明るい。
とくに林は器用な人材で、多くの分野の諸問題を処理する能力に長けている。不祥事などで別の大臣が辞任したときに、ピンチヒッターとして登板することが多かった。そのため、誕生日の1月19日にちなんで、困ったときの「119番」と呼ばれることがある。また、高祖父以来の政治家一家というサラブレッドでもある。
一方、茂木は林とは違いたたき上げの政治家である。外務大臣など重要閣僚を歴任し、TPP交渉をまとめ上げるなど、その能力はピカイチである。
しかし、今回の出馬に当たって、政策活動費廃止や増税ゼロといった政策を唐突に言い出したことが批判の対象になっている。
加藤は、加藤六月元農水相の女婿である。厚労大臣や官房長官、また党総務会長などを歴任し、政策通として知られる。総裁選出馬に当たって「所得倍増」を唱えたが、どのようにして実現するのかは不透明だ。
この三者に共通するのは、いずれも国民の人気がないことだ。ある意味で優秀すぎるせいか、国民との間に距離感があるのだろう。
華がなく、カリスマ性に欠ける点も共通している。カリスマ性はある意味マスメディアが作り出すものだが、記者たちもこの3人からは小馬鹿にされてしまうせいか、彼らを持ち上げる記事を書いたり、番組を制作したりはしてくれないのだ。
党内でも、彼らのために汗をかこうという議員は少ない。とくに茂木は、「瞬間湯沸かし器」というあだ名があるように短気なため、人が寄りつかない。
全候補者のうち最速となる8月19日に立候補を表明したのが、49歳の小林鷹之である。東大法学卒で、財務省に入り、ハーバード大学ケネディスクールにも留学している。優秀であることは間違いない。政治家二世ではなく、たたき上げであり、多くの議員同僚と仲良くできる性格でもある。
一方、知名度抜群なのが43歳の小泉進次郎だ。国民の人気でも石破と1、2位を争っている。こちらは4世議員で、父親は小泉純一郎元首相と、まさにサラブレッドと言えるが、学業成績、知的能力、政策立案能力では、小林のほうが上と見て間違いないだろう。
小泉を支援しているのは菅義偉元首相だ。したがって、もし小泉進次郎内閣ができれば、実質的に政権の舵取りをするのは菅ということになるだろう。
政策的には、小泉がリベラル、小林が保守である。たとえば、選択的夫婦別姓について、小泉は賛成だが、小林は反対している。
2人とも最大の武器は「若さ」であり、それがどこまでアピールになるかがカギとなるだろう。
一方、2人の課題は経験不足だ。閣僚経験はあるものの、幹事長などの党の重要役職を経験していない。どちらかが総裁となった場合、党をまとめることができるのか。
また、先進国サミットなどの国際会議の場において、きちんと日本の国益を主張できるのか。不安に思う点も多い。
高市は、総務大臣、経済安保担当大臣、党政務会長などを歴任し、経験豊富な政策通である。
今回の総裁選出馬に際しては、経済を豊かにして、国力を増強することを主張している。
彼女は保守派の代表格であり、安倍晋三元首相の遺志を継ぐと自負し、首相になっても、靖国参拝を続けるという。また、選択的夫婦別姓については、導入にさほど熱意がない模様だ。
彼女がテレビキャスターをしていた頃に、よく一緒にテレビに出ていた記憶がある。
元気な女性だが、首相になった場合、その保守性が国際社会で受け入れられるかどうかが心配だ。
上川陽子も何とか推薦人20人を確保し、女性初の宰相を目指すと意気込んで出馬している。安倍内閣、福田内閣において上川と私は同僚大臣であった。とくに私は厚労大臣だったので、少子化対策を担当する上川とはよく一緒に仕事をした。
彼女は、政治家としてのキャリア初期においては選挙に弱かった。彼女の選挙区である静岡に何度も応援に入ったことをよく覚えている。
東大出身で、ハーバード大学修士という抜群に優秀な女性だが、党内をまとめ、首相として国の舵取りを任せられるかは未知数だ。私は、少し荷が重すぎるのではないかと思っている。
以上述べてきたように、いずれの候補も一長一短であり、「この候補者が総理になれば心が躍る」という感じの人物はいない。政治資金問題で地に落ちた自民党の支持率を上げるためのショー、エンターテインメントとしての選挙が行われている印象がある。
たくさんの候補者が立候補したが、本気で総理の重責を担う意欲と責任感を持っている人物ははたしてどのくらいいるのか。オリンピックではあるまいし、「参加することに意義がある」になっていたら問題だ。
一方、もっとひどいのが同時に進行している立憲民主党の代表選挙で、野党であることも手伝い、まったく世間の関心を集めていない。
日本の政界の人材不足には目を覆いたくなる。だが、それもポピュリズム政治が当たり前となった代償なのかもしれない。
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(国際政治学者、前東京都知事 舛添 要一)

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