東京都板橋区の踏切内で昨年12月、塗装工の高野修さん=当時(56)=を自殺を装って殺害したなどとして、勤務先の元同僚ら4人が殺人と監禁の容疑で逮捕された事件は、長期にわたる陰湿ないじめによって被害者が精神的に「支配」されていった状況が明らかになってきた。容疑者4人の逮捕から15日で1週間。警視庁は事件の全容解明を進めるが、自殺を指示したことによる殺人罪の立証には高いハードルも立ちはだかる。
気温5度で防寒着なく
「これはおかしい」
高野さんが列車にはねられて死亡したのは昨年12月3日午前0時10分ごろ。捜査員が見た高野さんの格好は異様だった。気温5度ほどの寒空の下で、防寒着もまとわずサンダル履き。財布や携帯電話も持っておらず、身元の特定は難航した。
高野さんは立ったまま列車にはねられており、寝込みによる事故とは考えられなかった。周辺の防犯カメラには、高野さんが2台の車に送られて線路に立ち入り、はねられた後に車が立ち去る様子が映し出されていた。
警視庁は事件翌日には、現場周辺の防犯カメラ画像などから、高野さんが勤務していた「エムエー建装」社員の島畑明仁容疑者(34)、野崎俊太容疑者(39)が高野さんを現場まで車で送ったとみて事情を聴取。ほどなく、捜査1課が捜査に入った。
熱湯かけ暴行
高野さんは平成26年ごろから同社で働き始めて以降、長期間にわたり暴力を伴ういじめを受けていた。証拠として残る最も古い暴行の痕跡は令和2年ごろのもの。そのころ撮影されたとみられる画像には、熱湯をかけられたとみられる広範囲のやけどを背中に負った高野さんが写っていた。
同年に退職した高野さんは生活保護を受給して生活するなどしていたが、翌年には同社に復職した。その後も暴行は止まらなかった。容疑者らは、仕事で移動する車の中でプロレス技をかけたり、高野さんの自宅まで出向いて殴る蹴るの暴行を加えたりした。
高野さんがSOSを発した形跡もある。昨年8月中旬、高野さんの携帯電話から「監禁されている」と110番通報があった。ただ、電話の電源はすぐ落とされ、通信指令本部が繰り返し電話をかけてもなかなかつながらなかったという。ようやくつながった電話に高野さんは「ふざけて大きな通報をしてしまった」と返答。電話はその後、つながらなくなった。
立証にハードル
通報の約4カ月後、高野さんは死亡した。高野さんと島畑、野崎両容疑者は現場の踏切に向かう途中、板橋区と埼玉県戸田市を結ぶ笹目橋に立ち寄っていたことも確認されている。
捜査関係者によると、高野さんは泳げず、水が嫌いだったという。脅すつもりで立ち寄った可能性がある。野崎容疑者のスマートフォンには、笹目橋から踏切へ向かう中で録音されたとみられる「(高野さんが)川じゃいやだから電車がいいと言っている」という内容の音声も残っていた。
ただ、直接手を下していない殺人で有罪立証するためのハードルは高い。今後の捜査の焦点は現場にいなかったとされる社長の佐々木学容疑者(39)、岩出篤哉容疑者(30)を含む4人の高野さんに対する殺意や、死亡への関与の裏付けだ。
捜査1課は野崎容疑者の音声をはじめ、島畑容疑者が死亡直後に高野さんの部屋を片づけて証拠隠滅を図った疑いなどを重視し、取り調べでも追及する。(内田優作、前島沙紀、梶原龍)