「兵庫は失敗例」識者酷評 制度あれど機能せず、公益通報保護の逆を行く斎藤知事の言い分

斎藤元彦兵庫県知事の疑惑告発文書問題で、一躍注目を集めるようになったのが公益通報者保護法だ。平成18年の施行からすでに20年近くが経過しているが、内部告発(公益通報)を通じて事業者の法令順守を促す法の趣旨は、いまだ浸透しているとはいいがたい。
「違反の可能性」意に介さず
「『違反の可能性』といっている。可能性というからには、他の可能性もある」
今月5日、兵庫県庁で行われた知事定例会見。文書問題で「告発者捜し」を命じ、元県民局長と特定して公表した斎藤氏の対応について、兵庫県議会調査特別委員会(百条委員会)は報告書で同法違反の可能性に言及したが、斎藤氏はまるで意に介さなかった。
報告書が「違反」の文言を使ったのは、法11条2項が定める「体制整備義務」だ。公益通報に対応する組織体制として、同法の指針(公式解釈)では、組織の長や幹部からの独立性の確保▽利益相反の排除▽通報者に対する不利益な取り扱いの防止▽告発者に関わる情報を必要最小限の範囲を超えて共有すること(範囲外共有)の防止-といった措置を取ることを求めているが、文書問題における同県の一連の対応は、これらにことごとく抵触していた可能性が指摘されている。
「わいせつ文書」発言物議
組織の長たる知事が告発者の探索を指示し、告発された当人の斎藤氏や当時の副知事らが調査に関わった(独立性の欠如、利益相反)。さらに文書を作成した元県民局長を懲戒処分とし(不利益な取り扱い)、斎藤氏が会見で告発者を公表した(範囲外共有)-といった具合だ。
もっとも斎藤氏の言い分では、探索を命じた時点で告発文書はまだ公益通報として扱われておらず、また文書の作成自体が懲戒理由に該当するとしており、公益通報を巡る議論は一向にかみ合っていない。
さらに5日の会見で斎藤氏は、元県民局長が公用パソコンで「わいせつ文書を作成していた」と唐突に明かし、物議を醸した。「わいせつ文書」発言は告発者にひも付く情報の暴露ともいえ、新たな範囲外共有に当たるとの批判も出ている。
「内部告発をした人が人格攻撃にさらされるのは古今東西共通の現象。告発した人の評判を落とし、告発内容の信憑(しんぴょう)性を低めようとする意図的な攻撃だ」
昨年9月の百条委の会合に参考人として出頭した上智大の奥山俊宏教授はこう指摘。斎藤氏が昨年3月の会見で、元県民局長を指して「公務員失格」などと発言した点は「いわば公開ハラスメントに当たる」と厳しく非難していた。
通報者17.2%が「後悔」
三菱自動車のリコール隠し問題などを契機に成立した公益通報者保護法を巡っては、「密告の奨励」などと当初は否定的な見方も少なくなかった。ただ不祥事の隠蔽(いんぺい)は発覚すれば企業の存亡に関わり、株主にとっても大きな損失となることから、むしろ内部通報を積極的に促すことが公益に資するとの考えで立法化された。
制度運用の上で最も留意すべき点が通報者の保護だ。通報して不利益を受けることになれば、誰も声を上げなくなる。この観点から令和4年施行の改正法では、事業者に対して公益通報に対応する従事者の指定義務と体制整備義務を課し、従事者には罰則付きの守秘義務も負わせた。
だが消費者庁が昨年2月に公表した就労者1万人アンケートによれば、通報者の17・2%が「後悔している」と回答。その4割超が「人事異動・評価・待遇面などで不利益な取り扱いを受けた」ことを理由に挙げており、制度趣旨が浸透していない現状が浮かぶ。
兵庫県知事問題「負の影響大きい」
公益通報制度に詳しい日野勝吾・淑徳大教授の話
トップが公益通報の対象となるようなケースは本人に関与させないのが一番だが、兵庫県では告発された当事者である知事が記者会見を通じ今も通報者を非難するような状況になっている。
公益通報者保護制度は声を出すことで組織の自浄作用を高めるのが目的だ。その趣旨を捉えていないと、兵庫のような失敗事例になる。この制度は組織のためにあるということを、トップや幹部は改めて理解しなければならない。
これまでの大企業による不祥事でもそうだが、制度はあっても機能していないのが現状で、まだまだ発展途上だ。トップが公益通報を理由とした不利益な取り扱いを「絶対にしない」と宣言し、態度で示さなければ、怖くて声を出せなくなってしまう。
今回の兵庫の問題が制度に与えた負の影響は大きい。声を上げたために会見で公表され、パソコンも見られた。そんな対応をされるなら、最初から外部に行こうというのが人間の心理。公益通報者保護制度は本来は組織の内部通報を促すための仕組みだが、法の趣旨と全く逆に進んでいきそうだ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする