高市早苗首相の強みとは一体何だろうか。
世襲議員ではない。地方政界出身でも官僚出身でも、資産家でもない。しかも女性である。確かに高市早苗は、これまでの古い自民党にはいなかった最高権力者だ。閣僚や党幹部を務め総裁選に出馬した女性議員は何人もいたが、首相の地位にまで上り詰めたのは高市氏が初めてだ。
その存在自体が、結党から70年を過ぎ、耐用年数が過ぎようとしている自民党の文化のなかでは異質な存在であり、むしろ令和の時代にふさわしい新しい政治家のスタイルを感じさせることが、支持率が高い最大の要因だろう。
就任から半年が過ぎて、大手新聞をはじめマスコミでは、高市政権の検証や高市氏の素顔を探る記事が目立つようになった。
共通しているのは、高市氏が全て自分一人で抱え込み、何事もトップダウンで決めるという、その政治スタイルだ。しかも、国会論戦や記者会見で自らの考えを示すよりも、記者の囲み取材やSNSのX(旧ツイッター)などによる一方的な発信を重視している。
人との会話を好まず、部屋にこもりきりで資料に目を通し、側近ともメモやメールでやりとりをしている。決定は常にトップダウンで、誰とも相談しない。なかには日米首脳会談を控えて、安倍晋三元首相の懐刀と言われ、高市氏のたっての願いで内閣参与となった今井尚哉氏と激しく衝突した(ただし今井氏は明確に否定)とか、執務室の奥に籠って、側近でさえメモで指示をつたえるといった報道も相次いだ。
高市氏に近い議員たちの間でも、このままでは孤立してしまう、党内で少し風通しを良くした方がいい、睡眠不足や食事が細いのも心配だ、そんな声が出始めている。
しかし、そんな心配の声をよそに高市氏は走り続けている。政治家との会食などは相変わらず数えるほどだが、それ以外は明るく積極的なサナエ流を貫いている。官邸にも著名な外国人投資家や日本人のタレントを招いて面談することも多い。
10日には、小学生の頃からの大ファンだという英国の伝説のロックバンド「ディープ・パープル」を官邸に迎え、「私の神様!」と少女のようにはにかんでみせたかと思うと、「いまでも夫とケンカすると『BURN(バーン)』をドラムで叩いて呪いをかけるんです」と同バンドのヒット曲にひっかけたジョークを言った。
「BURN」は日本でも「紫の炎」の題名で発売されたが、その歌詞のなかには「女は言った『お前ら全員呪ってやる! 燃えてしまえ(バーン)!』」というくだりがある。
その2日後には高市氏は更に「燃えた」。
12日、東京・高輪で開かれた自民党の定期大会は、さながら衆院選圧勝の祝勝会の様相を呈した。会場の周囲には高市首相の等身大のパネルや「サナ活」グッズが入ったガチャガチャが並べられ、歴史的な大勝を生んだ初の女性首相の人気と強さをアピールした。
そして特別ゲストの世良公則氏が、ヒット曲「燃えろ いい女」を熱唱。サビの部分の歌詞を替えて「燃えろいい女、燃えろサナエ」と絶叫すると、高市氏も満面の笑顔で両手を掲げて、それに応えた。
真冬の電撃解散で、急拵えとはいえ、170人近くを擁する野党第一党の中道改革連合を3分の1の勢力までに粉砕、文字通り焼け野原にした高揚感が続いているのだろうか。
党大会での挨拶も力がこもっていた。選挙で掲げた公約実現に全力を挙げるとした上で、「時は来た。憲法改正に進んで来年の党大会の頃には改正の発議にめどをつけたい」と改憲への強い決意を表明したのだ。さらに、男系男子の皇位継承を守るための皇室典範の改正など国論を二分するような政策課題に果敢に挑戦すると繰り返した。
あえて困難な課題を掲げることで、衆院選圧勝の勢いを背景に与野党の慎重論を蹴散らしてでも、前に進むのだ。そう思い詰めているようにさえ見えた。
「本当は弱気なんじゃないか。予算の年度内成立もできなかった。参院が思い通りにならないことは身に染みただろう。参院自民党の人事は独立しているから、首相の独断では決められないし、そもそも参院では与党が過半数割れしているから改憲の発議どころか、首相肝いりの法案も確実に通せるか疑問符がついたからね」
立憲民主党の中堅参院議員は、そんな見方を示した。
参院での首班指名も、一回目の投票では過半数に達せず、決選投票にまでもつれこんだ。衆院での予算審議は、圧倒的な多数の力を背景に、委員長職権を繰り返す強引な運営で、現行の方式では最短の審議時間で通過させることができた。
しかし与党が少数の参院では、数を頼んで押し切るような委員会運営はできず、結局、数日間とはいえ成立が新年度にずれ込み、首相が出席する集中審議をのまざるを得なかった。
参院自民党の石井準一幹事長が、年度内成立を保証すると言いながら、野党の要求に譲歩を続けたことから、高市首相は「石井に騙された」と不信感を抱いたというが、参院側に言わせれば、少数与党の現実からすれば当然の妥協であり、今後の法案審議を考えても、できるだけ国民民主党や参政党の協力を得やすくした方がいいという判断だ。
つまり参院の壁を作っているのは、衆院と違って数で押し切る力がない、つまりそれだけの指導力が高市首相に欠けているからなのである。
実は、壁は参院だけではない。圧倒的多数を持つはずの衆院にも存在する。
高市政権が後半国会の重要法案の一つとしているのが、再審制度を見直す刑事訴訟法の改正案だ。法務省の当初案で再審開始決定に対する検察官の不服申し立てを禁止する規定がなかったことに党の会議で弁護士出身の稲田朋美氏らが反発。テレビカメラの前で、激しく抗議したことから注目を集めた。自民党内でも弁護士出身の議員らを中心に異論が強く、法案の再検討が続けられ、党の了承が得られない状態が続いている。
首相の答弁が求められる「重要広範議案」と呼ばれる4法案の一つだが、提出のメドが立たない状態となり、後半国会の審議日程に大きく影響する可能性も出てきた。
野党側の反発ならまだしも与党内の反発で法案提出が遅れるとは、全くの想定外だったようだ。高市首相がどこまで状況を認識していたかは分からないが、政府与党内の根回しができていなかったことは明らかであり、最終的には首相官邸の調整力不足を露呈した格好だ。
トップダウンで指導力を発揮しようと思えば、党内外の情報が官邸に集まり、それを基に、最終的な決定をして、また各所に指示を下ろしていかなければならない。そのためには、官僚や党の役職者との意思疎通が必須だ。
しかし、全てを首相が聞いて判断するわけにはいかない。イエスマンだけではない、時には苦言も言えるような側近が必要だ。だが、官邸の奥深くに引きこもって、メールや電話だけで指示を出しても、それを受け取る側は、真意を測りかねることも少なくない。
ある与党関係者は、「コミュニケーションが取れていないわけではないが、とにかく首相の肉声が聞けない。特にリスクを取るような話では、それでは怖くてやっていられない」と現状を語った。
高市支持の議員たちの間で静かに波紋を広げたのは、古屋圭司選対委員長の「更迭」だ。歴史的な大勝を飾った選挙の実務責任者である。論功行賞からすれば続投が当然だし、重要閣僚などへの起用があっても不思議ではない。
しかし、高市首相は古屋氏を選対委員長から外し、衆議院の憲法調査会長に交代させた。
古屋氏は、高市首相の側近中の側近として知られる。憲法審査会の会長というポストは微妙だ。古屋氏は、首相本人や官房長官の木原稔氏から「これは更迭ではないからと電話で説明を受けた」と周囲に話しているが、その一方で、人事の後暫くは高市首相本人が電話に出てくれず、真意が分からなかったと不安を漏らしたという証言もある。
衆院選で比例名簿が足りず、自民党の枠を14人も他党に回したことに高市首相が不満だったからだという見方も広がっているが、いずれにしても「説明しない女」であることは違いない。
首相は孤独な存在だ。国家の命運を左右する決断をする時も、後ろを見れば誰もいない。誰も助けてくれず、もちろん責任も取ってくれない。かつて麻生太郎元首相はそれを「どす黒いまでの孤独」と表現した。
だからこそ、普段から与党議員だけでなく、様々な分野の人と会い、意見を聞いて、ナマの情報に接していないと、国の命運をかけるような判断はできないといわれる。
自民党のあるベテラン議員は、高市政権の弱点は、首相が孤立しているそのことだと言い切った。
前任の石破茂首相も、その前の岸田文雄元首相も、夜も昼も頻繁に様々な人たちと会食もしていた。もちろん、飲み食いなしで意見を聞く機会も設けていた。官邸主導のトップダウンの体制を作った安倍晋三氏は、周りには側近議員や官僚たち、さらにブレーンと呼ばれる学識経験者がいて、常に安倍氏の相談に乗り決断を支えていた。
このチーム・安倍が、与党の実力者たちとの根回しや調整も進めていた。これが憲政史上最長となった長期政権を形作ったのである。
高市首相を初当選の頃から知るという自民党関係者も、同様の指摘をしている。
「高市さんは、他人を信用しないから、他人も高市さんのことを信用していない。一議員ならそれでいいが、首相となると話は別だ。好き嫌いは別として、議員でも役人でも信用できる人間を周りに置いて相談しないと。この半年は、大きな失政があったわけではないから支持率も高いが、これから先は大変だ。イラン情勢次第で物価が高騰すれば、経済全体がおかしくなり、必ず内閣が批判される。これから本当に寝る暇もないくらい神経をすり減らすことになるかもしれない。そうなっても周りに誰も相談できる相手がいないようでは、国家の危機に対応できないのではと心配しています」
この半年の高市首相の日々を見ていると、「淋しき首相官邸の女王」というイメージがますます強まっている。古い自民党の政治家とは違う、新しい時代の首相像を作ろうとしているという見方もできなくはない。
しかし、現実に起きていることは、イラン情勢をはじめとする経済や安全保障の未曽有の危機である。それに対処するには、官邸だけではない、与野党も含めた「オールジャパン」の新しい体制づくりが必要になるかもしれない。
発足から半年を過ぎた高市政権に問われていることはそのことではないだろうか。
———-
———-
(ジャーナリスト、元NHK解説委員 城本 勝)