160キロ超の追突事故は「過失」なのか 被害者の会を設立した遺族の「納得できない」司法判断

時速100キロを超える猛スピードで一般道を運転して死亡事故を起こしても、危険運転致死傷罪が適用されず、「過失」と判断される傾向がある。常軌を逸したスピードによる暴走で家族を奪われた全国の遺族らがこうした裁判事例を問題視し、国に法の運用見直しを求めて立ち上がった。7月には「高速暴走・危険運転被害者の会」を設立。メンバーは「司法の前例踏襲主義が問題の根幹。市民感覚を持った常識的な判断をしてほしい」と訴えている。
「納得できるはずがない」
「時速160キロを超えるあり得ない猛スピードで運転し、人を死なせておいて『過失』で済まされたら遺族として納得できるはずがない」
こう憤るのは、宇都宮市の一般道を今年2月、バイクで走行中、法定速度時速60キロを大幅に上回る時速160キロ超で走る乗用車に追突され、佐々木一匡(かずただ)さん=当時(63)=を亡くした妻の多恵子さん(58)だ。
宇都宮地検は3月、乗用車を運転していた栃木県足利市の石田颯汰(そうた)被告(20)=公判中=を過失運転致死罪で起訴した。
自動車運転処罰法では、危険運転致死の法定刑の上限が懲役20年なのに対し、過失運転致死は同7年だ。
佐々木さんら遺族は危険運転致死罪の適用を求めたが、検察側は石田被告が追突するまで車を制御できていたとし、「『進行の制御が困難な高速度』という危険運転致死罪の要件を満たしていないと判断した」と説明したという。
佐々木さんによると、検察側は危険運転致死傷罪での立件の難しさについて、平成30年に津市の国道で時速146キロで走行する乗用車が、道路を横断中のタクシーに衝突し、5人が死傷した事故を事例として挙げた。
「160キロがうっかり出たスピードだと考えているのか。制御できないから追突したのでは」。検察側に何度も問うたが何も答えてくれなかったという。
「悪しき裁判例」が
この津市の事故を巡っては、津地検が乗用車の運転手を危険運転致死傷罪で起訴したものの、津地裁が予備的訴因の過失運転致死傷罪を適用し、法定刑の上限にあたる懲役7年を言い渡した経緯がある。
2審名古屋高裁は「常識的には『危険運転』」と指摘する一方、「被告(運転手)が車を制御できなかったことは証明されていない」として1審判決を支持した。
遺族の一人で被害者の会のメンバーでもある、大西まゆみさん(63)は、「悪い裁判例が出てしまった。同じような事故でこの判例が参考となり、別の遺族が苦しまないか」と憤る。
遺族らが連携
被害者の会は宇都宮、大分、津、東京の交通事故遺族7人と弁護士4人が立ち上げた。大西さんらメンバーは「司法は危険運転致死罪の成立要件である『制御困難』の解釈を狭く捉えている」と主張。「司法と常識のずれは甚だしい」と非難する。
佐々木さんも共同代表に就任し、「危険運転致死罪適用の要件を見直すよう検察や裁判所に求めていきたい」と活動を開始。8月末までに約6万9千筆の署名を集め、宇都宮地検に2度、訴因変更を求めた。
担当する高橋正人弁護士によると、津市の事故との違いを鮮明化するため、2度目の要望では「(被告は)時速160キロで走れば、周りの通行車両に接近することを当然認識していたといえる」と主張。危険運転の成立に必要な要件の「妨害運転」に当たると訴えて起訴内容の変更を求めている。
大切な人を突然奪われた上、司法での闘いも続く遺族たちは二重の苦しみの中にいる。
「おおらかで心が広く、家族を大事にして、会社では部下から慕われていた」。一匡さんについてこう語る佐々木さん。「危険で無謀な運転による犠牲者が、理不尽な司法判断で苦しんでいる実態を知ってほしい」と力を込める。(倉持亮)

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