〈 有名女優似の美女が接近し、絡みはじめ…ハニートラップを仕掛ける素人系中国人スパイの“驚きの手口” 〉から続く
日本はスパイ天国だった 人気テレビドラマ『VIVANT』の公安監修者・元公安警察官の勝丸円覚の新著『 諜・無法地帯 暗躍するスパイたち 』より一部抜粋。ロシア人美女スパイ、アンナ・チャップマンが実際に行なった手口をご紹介する(全2回の後編/ 前編 を読む)
「美しすぎるスパイ」アンナ・チャップマンの素顔
ロシアスパイは、実は訓練を受けた外交官の身分を持っているような人たちばかりではない。一般人の身分で、外交官の肩書を持たずに活動しているスパイも少なくない。永住者や長期滞在者がスパイであるケースだ。日本の警察も、そうしたスパイを追いきることは至難の業だ。外事警察は長年の経験と情報で、外交官の肩書で日本にいるロシアスパイが出没するパターンや接触の仕方をプロファイルできているが、社会に浸透している民間スパイをあぶり出すことは簡単ではない。
日本では、ロシアの航空会社アエロフロートや、通信社であるタス通信(ロシアの国営通信社)にスパイが紛れ込んでいたのは外事警察もわかっている。それに加えて、アメリカで2010年6月にロシアスパイとして逮捕され、「美しすぎるスパイ」として大きく報じられたアンナ・チャップマンのケースのように、民間のビジネスパーソンに扮しているスパイもいる。
チャプマンのケースは、ロシア人の民間スパイの手口として参考になる。もちろん公安部もそう考えて、事件を摘発したアメリカのFBIに講義を依頼している。当時、チャップマンらロシア人民間スパイ10人が逮捕されているが、その数カ月後にFBI特別捜査官が来日した。
外事課では、特別捜査官の話を聞くべく、数人の捜査員が集まった。相手がFBI捜査員であっても顔を晒すのはられるということで、外事警察の受講者はサングラスやマスクをして講義に臨んだ。特別捜査官によれば、摘発された10人はSVRのスパイで、彼らの任務は米連邦議会(国会)の議員と親しくなることだった。ロシアに不利となる法案が提出されれば、それを妨害する工作をするよう指示されていたという。また国防総省の幹部にも接触を図って軍事情報を入手するよう命じられていた。
「美しすぎるロシア人スパイ」の“色仕掛け”
チャップマンは、ニューヨークで不動産会社の社長を装っていた。色仕掛けで情報収集や人脈の構築に励んでいたという。さらに講義では、FBIがチャップマンらを尾行して、鞄や靴に仕込んだ超小型のカメラで撮影していた動画も披露された。動画には、チャップマンがカフェでパソコンを開いてデータを通信している様子や、古典的なスパイの手法で、スパイ業界ではよく知られている「フラッシュ・コンタクト」も使っていた。フラッシュ・コンタクトとは、情報機関員と情報提供者であるスパイが、情報交換のため、すれ違いざまに機密資料を手渡すやり方だ。日本の捜査員らはそうした動画に目が釘付けになった。
世界に目を向けると、民間スパイには画家を装っている者もいる。日本ではまだ画家は確認されていないが、ヨーロッパの外交官から「画家にはスパイがいるから気をつけろ」と言われたこともある。画家であれば、浜辺で発電所を描いていても、ダムを描いていても、誰にも怪しまれない、ということだ。
またこれは意外な事実かもしれないが、ロシアンパブにスパイはあまりいない。警察では、生活安全課が風営法違反でロシア人を逮捕することがある。逮捕の調書や参考人聴取の供述を読むことがあったが、パブの女性にスパイはいない印象だった。
男性であれば、日本で俳優をしているスパイがいた。以前、日本のテレビで再現ドラマによく出ていたロシア人の俳優だ。この俳優は、SVRのスパイとも頻繁に会っていたのを確認していた。2014年にロシアがクリミアに侵攻した際も、ウクライナ大使館前での抗議デモに参加したり、日本に暮らす親ロシアのウクライナ人とも連絡を取り合っていた。ロシアに友好的なウクライナ人と連絡をする役割もあったのかもしれない。ここ最近では再現ドラマでも見なくなってしまった。
ロシアスパイと中国スパイの違い
ロシアスパイは、中国スパイとはやり方が根本的に違う。同胞に力技で協力させるようなことはあまりしない。もちろん、在日で反ロシアや反プーチン発言をしている人たちのことはきっちりとチェックしているが、在日ロシア人を飴と鞭で協力者にしていくということはほとんどない。
ロシア大使館は、外国人の職員も置かない。大使館ではよくある公用車のドライバーに現地人を雇うようなこともせず、すべて自国民で固めている。日本での業務も日本人にはさせず、日本語ができるロシア人が担当するのである。この点だけは、中国と同じだ。
メディアでロシアについて専門家がコメントすると、それが日本語の有料記事であっても、大使館はチェックしている。一度、ある大学の国際政治学者がロシアのスパイ活動について、全国紙にコメントを寄せたことがあった。その全国紙の有料デジタル版にコメントは掲載されたのだが、その日のうちにロシア大使館から大学に「ぜひお会いしたい」とアポイントを取る連絡が来たという。それくらい、ロシア大使館は日本メディアでの扱われ方を注視しているのである。
さらにロシアは、領事もスパイ活動をすることがある。領事なら、パスポート情報から個人情報も知ることができる。そこから接触をしたり、名刺交換をして、人脈を作っていくこともある。そういう理由から、どこの情報機関でも、領事は大切に扱い、重要な情報源にしている。領事は敵に回すな、というのは情報機関の常識なのである。
(山田 敏弘,勝丸 円覚/Webオリジナル(外部転載))