事件や事故で最愛の人を失う悲しみは計り知れない。そんな犯罪被害者をさらに苦しめるのが誹謗(ひぼう)中傷だ。平成24年、京都府亀岡市で起きた無免許暴走事故で娘を失った中江美則さん(60)が11月、京都市内で講演した。自らが受けた誹謗中傷の体験を踏まえ、傷心した被害者への二次被害について「幾度もやり場を失い絶望感から解き放たれることはない」とその苦しみを訴えた。
平成24年4月、亀岡市の通学路で集団登校中の児童らに無免許運転の軽乗用車が突っ込み、10人が死傷した。この事故で中江さんは妊娠中の娘、松村幸姫さん=当時(26)=とおなかの中にいた孫の愛鈴(ありん)ちゃんを失った。果てしない悲しみと怒り。「何年たっても憎悪から解放されない」と涙をにじませた。
事故後、中江さんは事故やその理不尽さを訴えたいとの思いから報道陣の取材に応じた。しかし、テレビや新聞で名前や顔が出ると「有名人やな」と心ない声をかけられたり、近隣住民から「マスコミからギャラをもらっている」と事実無根の噂を立てられたりした。
「しんどくてたまらない。有名になろうなんて思ったことはない」。家族の生活に危害が加わることを避け、孫の運動会に行くこともできなかった。
「あの顔だから暴力団の組長」。ネット上の心無い書き込みを見た取引先から仕事を断られることもあった。中江さんは「安易な書き込みかもしれないが、犠牲者なのに加害者のような扱いを受けた」と唇をかみしめる。
東京・池袋の暴走事故、旧ジャニーズ事務所の性加害問題。交流サイト(SNS)を中心とした被害者への誹謗中傷は社会問題にもなっている。京都府は今年4月に制定した犯罪被害者等支援条例で誹謗中傷を受けた被害者への支援を明文化するなど、行政も対策を進めている。
匿名を盾に、理不尽に攻撃し心を蝕む誹謗中傷。「被害者はずっと苦しむ」。中江さんの言葉が会場に響いた。(木下倫太朗)