日本貿易振興機構(ジェトロ)のまとめによると、2018年時点で群馬県内は、人口に対する在留ベトナム人の割合が全国で最も高かった。県内在住のベトナム人は22年末現在で1万1909人。ブラジル人(1万2667人)に続き2番目に多いが、増加率を見ると近く追い抜く可能性がある。県内の「新住民」であるベトナム人の姿を追った。
大きなサツマイモが次々に土の中から掘り返されるたびに歓声が上がった。畑を管理するのは、埼玉県本庄市にある仏教寺院「大恩寺」。ベトナム人尼僧のティック・タム・チーさん(45)が住職を務めている。イモ掘りを楽しんでいたのは、週末を利用し関東一円から集まった在留ベトナム人たちだ。
大恩寺は2018年1月に開院した。コロナ禍で行き場を失ったベトナム人を受け入れて救済したことから「在留ベトナム人の駆け込み寺」などと呼ばれた。タム・チーさんは「コロナ禍が落ち着き、現在は在日ベトナム人の心の『拠(よ)り所』。ここに来れば多くの同胞に出会える」と流ちょうな日本語で話した。
寺は本庄市内の山中にある。群馬との県境に近く、藤岡市とは5キロも離れていない。ここに寺がある理由をタム・チーさんはこう説明する。「ベトナム人が多く住む埼玉県北部や群馬の伊勢崎市や太田市などが近く、みんなが集まりやすい」
在留外国人数の統計によると、23年6月末時点で国内に在留するベトナム人は52万154人。22年末時点と比べて6・3%増加した。国籍・地域別では中国に次ぐ2位だ。このうち技能実習生は18万5563人、一定の技能や日本語能力を満たした特定技能が9万7490人。労働力不足の日本を支えている。
「荷物を運んで腰が痛い」。20代のベトナム人男性が腰を手で押さえながら日本語で話した。公共交通機関を乗り継ぎ、神奈川県茅ケ崎市から寺に来たという。疲れているはずだが、笑みを浮かべて寺の雑用を手伝っていた。
在日ベトナム仏教信者会の会長でもあるタム・チーさんは「日本に暮らすベトナム人の多くは仏教徒。みんなつらい仕事に耐えて生活している。精神的にも安心できる場所が必要」と話した。
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「帰国したのではなかったのか」。ベトナム人技能実習生らの就労の相談や支援に取り組むNPO法人「アジアの若者を守る会」(埼玉県熊谷市)の代表で行政書士の沼田恵嗣さん(62)は、電話の相手に驚いた。以前、支援をしたベトナム人男性からだった。既に男性の滞在期限は過ぎており、不法残留とみられる。
出入国在留管理庁はコロナ下の20年3月、技能実習の終了や、継続できなくなったものの帰国困難な外国人を救済する特例措置として、在留資格「特定活動」を認め、継続して就労ができるようにした。だが、コロナの感染拡大が落ち着き、特例措置は終了した。電話の男性はこの措置を利用して日本に滞在し現在は、群馬県内にいるらしい。
沼田さんによると、過酷な職場環境に耐えきれずに技能実習先から逃げ出すベトナム人ばかりではなく、男性のように自らの意思で滞在期限が過ぎてもとどまる人がいる。多くは伊勢崎市や太田市の周辺で暮らしているという。SNS(ネット交流サービス)で横のつながりを持って生活を続け、統計上には表れない在日ベトナム人が多数いるとみられる。「以前は本庄市や上里町にもいたが、現在は群馬にほとんどが流入している。彼らにとってはその方が暮らしやすいからだ」
70年代以降、ベトナム戦争や貧困から逃れたボートピープルが伊勢崎市周辺に定住し、小さなコミュニティーができた。その基盤に近年、ベトナム人が集まるようになった。伊勢崎市や太田市などはブラジル人やペルー人ら外国人の多い地域で、自動車部品工場などの仕事もある。以前は南米出身者が働いていた職場に入れ替わるようにベトナム人が働くようになったという。
県内では、ベトナムのレストランや食材を扱うスーパーマーケットも増えている。沼田さんはこう話す。「円安で日本に魅力がなくなったという人もいるがそんなことはない。レストランやスーパーもあり、不自由なく暮らせる環境が整いつつある。ますますベトナム人は増えていくだろう」