20代女性の人生狂わせた悪魔のささやき 罪悪感を吹き飛ばす「闇バイト」のリアル

「お年寄りからお金を取ることに罪悪感があった」。今年6月、高齢者からキャッシュカードを盗んだとして兵庫県警に逮捕された20代の女は、取り調べにこう打ち明けた。金に困った末に足を踏み入れてしまったのが、人生を狂わせる〝闇バイト〟。交流サイト(SNS)には手軽に金が稼げるとうたい、犯罪に加担させるアルバイトの募集投稿がはびこる。警察当局が対策を強化する中、若者たちを魔の誘いから守ろうと、大学生が同世代に響きやすい言葉や方法を駆使して危険性を発信する動きも出てきた。
「キャッシュカード受け取るだけ」
兵庫県警に逮捕された女は大学を欠席がちになり、単位が取れずに中退。その後会社に就職したが、長続きしなかった。ブランド品など収入に見合わない買い物を繰り返し、消費者金融から借金。奨学金を含めた借金総額は約400万円に膨らんだ。返済のため、X(旧ツイッター)で「闇バイト」と検索したのが、犯罪者への転落の始まりだった。
女がバイト募集の投稿にダイレクトメッセージ(DM)を送ると、すぐに闇バイトのリクルーターから「キャッシュカードを受け取るだけ」と仕事を斡旋(あっせん)する返信があった。
「前科がなければマスクをしていれば大丈夫」
連絡手段を秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」に切り替え、身分確認として自身の保険証と顔写真などを送った女は、リクルーターから、そんな説明を受けたという。
女は犯罪とうすうす感じつつも指示に従い、逮捕されるまでの数カ月間に少なくとも2軒の高齢者宅を訪問。キャッシュカードを受け取り、ATMから現金計約120万円を引き出し何者かに渡すなどした。
闇バイトで得た報酬は交通費を含め約20万円。だが、女は今年6月、窃盗容疑で県警に逮捕された。「とにかくお金を稼ぎたかった」と供述する一方、「お年寄りからお金を取り、罪の意識で精神的につらかった」とも打ち明けた。すでに起訴され、公判を待つ。
SNSきっかけ、10~20代が半数
ネット上の犯罪に詳しい神戸大大学院の森井昌克教授は「リクルーターは、はじめは犯罪めいたことは言わず、親密な関係を築いてから、闇バイトに加担させようとする。一度グループの一員となってしまえば、脅されて抜け出せなくなる」と警鐘を鳴らす。
警察庁の統計では、今年1~7月に全国で特殊詐欺で摘発された1079人のうち、闇バイトとみられるSNSの募集投稿をきっかけに加担したのは506人と約47%に上る。年代別に見ると、このうち20代が271人と最も多く、10~20代で半数以上を占めた。若者を中心に身近なSNSが犯罪への入り口になっている実態が浮き彫りになっている。
警察庁は、対策として特殊詐欺や強盗などを募るSNSへの書き込みについて人工知能(AI)を活用したサイバーパトロールを導入。またホームページで少年らが巻き込まれた具体的な事例集を紹介するなど啓発に力を入れる。
一方、こうした現状を同世代に伝えようと、啓発活動に動き出したのが、兵庫県内の学生らでつくる一般社団法人「ソーシャルメディア研究会」(姫路市)。
同研究会には兵庫県立大や甲南女子大の大学生ら約80人が所属。今年9月、兵庫県警や公益財団法人「KDDI財団」と協力し、闇バイトの実際の手口を再現した動画を撮影、制作した。
迫真の演技に高1「恐怖覚えた」
再現動画は約8分間。SNSで高収入のアルバイトを見つけ、軽い気持ちで履歴書を送った男子高校生が金の運び屋となり、辞めようとしたら犯罪グループの1人から「家で暴れてもいいんだぞ」と脅され、ずるずると犯罪に足を踏み入れてしまうストーリーになっている。
研究会の学生らが、県警の担当者からアドバイスを受けて実際に近いセリフを考えて台本を制作。実際に巻き込まれた場合に「大人に相談できず繰り返しやってしまう」などと当事者目線で考えた状況もシナリオに盛り込んだ。学生自ら実行役やリクルーター役を演じ「辞めたいです。闇バイトですよね」「今更断れると思っているのか」と緊迫したやりとりを再現している。
10月には、姫路市の県立姫路東高校で、動画を活用した特別授業を実施。授業を受けた1年の女子生徒(16)は「内容がリアルで恐怖を覚えるくらいだった」と話した。
ほかにも兵庫県警が6月、県内の学生らでつくる防犯ボランティア団体を設立。同団体は痴漢対策の動画を制作し、若者がよく利用するXとインスタグラムで動画を配信するほか、所属する学生が闇バイトの事例について大学生向けに講義を行うなどしている。県警の担当者は「同世代から伝えられることで、意識を高めることにつながる」と意義を強調。若者の発信力とともに犯罪抑止への取り組みを強化する。
森井教授は、こうした動きについて「警察など、社会経験や知識が豊富な人たちよりも、学生ら若い人たちの方が、SNSから闇バイトに加担してしまう状況の問題点を同じ目線で理解していて、同世代にはより響くはず」と指摘。
その上で「若者はSNSで知り合った人と連絡を繰り返すうち、実際に会わなくても信用してしまう傾向がある。教育機関やSNSを通じ若者に直接届く形で危険性を伝えるとともに、若者自身も興味本位で関わらないように注意すべきだ」と話している。(喜田あゆみ)

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