2021年6月1日、東京都立川市内のホテルの一室で、派遣型風俗店に勤務する女性従業員Aさん(31)を殺害し、また、男性従業員(25)をホテルの廊下で刺し、全治3カ月の怪我を負わせた事件。当時19歳だった男(22)が殺人と殺人未遂、銃刀法違反の罪に問われた裁判員裁判は12月14日、東京地裁立川支部(新井紅亜礼裁判長)で判決を迎えた。
大きな争点の1つが、自閉スペクトラム症(ASD)の大きな影響下にある犯行だったのかどうか。つまり、責任能力の有無だ。新井裁判長は、完全責任能力を認めた。その上で「犯行態様は、非常に残忍で悪質というほかない」として、懲役23年(求刑25年)を下した。判決言い渡しの途中でも男は不規則発言をしていたため、新井裁判長に注意をされていた。
判決によると、21年6月1日午後3時36分ごろから3時43分頃までの間に、立川市のホテルの一室で女性従業員のAさんに対し、男は、殺意をもって、刃体の長さ20.6センチの包丁で胸やお腹を多数回突き刺した。午後4時35分ごろ、Aさんは市内の病院で死亡した。また、3時43分ごろ、ホテル廊下で、男性従業員に対し殺意を持って包丁で突き刺し、全治約3カ月のけがを負わせた。
最大の争点は、犯行当時に責任能力があったかどうか
新井裁判長は「ASDである被告人が、両親を含む周囲から適切な支援を受けられないまま育ち、障害の特性が社会不適応を招いて生きづらさを感じさせていたという点には同情の余地はあり、被告人を非難することはできない」とした。しかし、「ASDの特性が殺人及び殺人未遂の各犯行に直結したとは認められない」として、正当化はされず、身勝手なものとした。
そして最大の争点は、被告の男は犯行当時、責任能力があったのかどうか。精神鑑定を行ったO医師によると、被告の男は犯行当時、ASDに罹患していた。その特徴として、対人的なコミュニケーションの障害と知覚や認知の独特な様式、独特なこだわりが、子どもの頃から確認されている。
この特性の影響で、(1)人間関係や社会生活での失敗を繰り返し、(2)人生がうまくいかないのが学校、宗教、風俗店、社会のせいであるととらえ、(3)自分には「タイムリープ」をして人生をやり直すという能力があるかもしれないという期待を持った。そのため、ASDの特性は間接的には影響した、とした。
しかし、被告の男は、事前に包丁を用意している。また、Aさんがホテルの一室に入室後、直ちに殺害に及ばず、予約通り性的サービスをうけようとした。犯行直前までAさんから性的サービスを受け、Aさんに挿入行為を断られるとすぐ引き下がり、Aさんから盗撮を指摘されたときも「消す」といって、自分の非を認める発言をした。
精神鑑定を担当したO医師は証人尋問で、こう話していた。
「言語的にも、非言語的にも、対人関係を発展させることが難しく、うまく成立させることができなかった。そのため、相手の心情を読み取ることができず、学校や職場でも一人になってしまう。母親が宗教団体に入信したが、その教義が科学的かどうかを区別ができずにいた。そんな中で、『東京卍リベンジャーズ』を知り、タイムリープを知った。言葉があるということは現象があるはずで、自分にもその能力があるはずという期待を持った。しかし、人生がうまくいかないため解決策として自殺を考えたこと、どうせなら好きな人と死にたいと心中を考えたことは、ASDの影響というわけではなく、状況要因が左右した」
きっちり性的サービスを受けるまでの段取りはつけていた
ちなみに、被告の男がAさんのサービスを受けるに当たり、予約の段取りをしていたことについて、男性従業員は、証人尋問で以下のように話していた。
男性従業員「前日の5月31日、いつもの通りに8時に出勤しました。11時半ごろ、被告の男から、6月1日にAさんを指名する予約の電話を受けた」
検察官「どんなやりとりでしたか?」
男性従業員「『電話ありがとうございます』というと、男は『6月1日、Aさんを指名したい』と言いました。『午後3時から空いています』と返事をすると、『午後3時から80分コースで』と、男からコースを指定してきました。その後、以前、(Aさんと)遊んだことがあるのかを聞きました。もし2回目の指名なら、店のシステム上、『本指名』となりますから」
検察官「なんと答えましたか?」
男性従業員「『あります』と言っていました。そのため、『当日は、1時間前に確認の電話をください』と言いました。男は『わかりました』と答えていました」
つまり犯行時は、性的サービスを受けるまでの段取りをこなしていた。また犯行についても、ASDの影響はありつつも、一般的な心理の影響や状況要因も関わっており、判決では、「被告人の意思決定を支配するほどの強い(ASDの)影響を有していたとは認められない」などとして、完全責任能力を認めた。
加えて、訴訟能力の有無も争点だった。被告の男が公判で不規則発言を繰り返しているほか、公判前整理手続きの段階からも同様の不規則発言は続いていた。また、同手続きの記述に出頭を拒んだり、弁護人や実父による接見も拒否するなど、統合失調症を発症した疑いがあり、公判手続きを停止すべきと弁護人は主張していた。
しかし精神鑑定をした医師によると、質問には概ね適切に対応しており、その時点では殺人等の罪に問われている状況を理解している、とした。
また、公判では「心神喪失」「黙秘権」「裁判官が胸をつかんできた」などの発言を繰り返し、何度か、裁判長に退廷を命じられた。精神鑑定をしたN医師によると、「被告人はASDのほかにも、拘禁反応に罹患している」としながらも、統合失調症の発症は否定した。また弁護人の接見に応じないことなどは、拘禁反応による拒絶だった、とした。そのためこの点についても、弁護人の主張を退けた。
「自己の行為の危険性がわからないほどの混乱状態」ではなかった
男性従業員に対する殺意があったかどうかも争点の1つだった。この点について、男はAさんを殺害したあと、盗撮の通報を受けてホテルに駆けつけた男性従業員を先端の尖った包丁で、腹部を刺している。十分な殺傷能力がある包丁で、相当強い力で人の腹部を突き刺した。人が死ぬ危険性の高い行為であることは明らか、とした。
しかも、包丁は被告の男が自ら購入し、その形状を認識していた。その上で、男性従業員が立っている位置関係を把握しつつ、突き刺す行為は、人が死ぬ危険性の高い行為と認識していた、としている。そのため、「自己の行為の危険性がわからないほどの混乱状態」ではなかったとして、弁護側の主張を退けた。
判決の日、男は白いワイシャツに紺のカーディガン、黒のズボン、緑の靴下を履いて出廷した。開廷前、普段よりも身振り・手振りが大きかった。新井裁判長が判決を言い渡そうとすると、被告の男は、証言台で「私は孫悟飯…心神喪失状態…病院で…正当な理由…スーパーサイヤ人…プログラム…」などと言い出した。しかし、判決に直接関係ないと判断したためか、新井裁判長は発言を制止した。
証言台での発言の打ち切りは結審のときもされていた。最後の訴えを求められたときも、「私はオーディン…心神喪失状態…南海トラフ…3.11の被害者の~…東日本大震災、とんでもない…間違いなく、被害者が…アベンジャーズ、見てください」などと発言していたものの、不規則発言と判断したためか、新井裁判長から打ち切られていた。
また、判決の読み上げの途中でも、「告訴します。控訴します」「名探偵コナン」「ドッペルゲンガー」などの不規則発言を繰り返した。新井裁判長はその度に、「発言すると判決が聞こえなくなりますよ」「発言しないで聞いてください」と制した。判決公判の傍聴席は、事件に関心を持つ人々でほぼ埋まっていた。
(渋井 哲也)