元陸上自衛隊中部方面総監、千葉科学大学客員教授・山下裕貴氏
イスラム原理主義組織ハマスが10月7日に行った、イスラエルへの大規模な奇襲テロ攻撃は世界を驚かせた。その後、イスラエルは「ハマス壊滅」を目標としてパレスチナ自治区ガザ地区への航空攻撃を行うとともに、約36万人の予備役を動員し、同月27日夜から本格的な地上侵攻を開始した。
このイスラエル・ハマス戦争により、イスラエルでは約1200人、ガザ地区では約2万1110人の犠牲者が発生している(12月27日時点)。また、2022年2月に開始されたロシアのウクライナ侵攻は1年10カ月が過ぎたが、いまだ停戦の見通しは立たず、毎日多くの人命が失われている。
この2つの戦争について、日本のマスコミが連日報道しているが、1つの視点が欠けている。それは、「これらの戦争が日本に対して、いかなる教訓を示しているか」である。その教訓とは、次のようなものである。
まず、ロシアのウクライナ侵攻においては、ウクライナの国防の基本である「専守防衛」および「非核三原則」、そして「大国間の保障(=ウクライナの独立と主権、領土を尊重し安全保障を約束したブダペスト覚書)」が、自国の安全保障の担保にはなり得ないという厳しい現実を突きつけたことである。
イスラエル・ハマス戦争においては、ガザ地区を見て分かるとおり住民混在下の戦闘では、多くの一般市民に犠牲者が出るということである。
日本は平和憲法の前文にある、「平和を愛する諸国民の公正と信義」を信じて、「専守防衛」「非核三原則」を防衛政策の基本としている。しかし、ウクライナを見ても分かる通り、これらをもって他国の侵略は防ぐことはできない。また、専守防衛とは国土が戦場になることを前提としており、住民避難が遅れればガザ地区のように市民に被害が及ぶ可能性がある。
日本の現状を見ると憲法改正議論の進捗(しんちょく)は遅く、また有事における法制もいまだ完全とは言い難い。「台湾有事」の際に必要となる沖縄県・先島諸島における全島避難であるが、その実動訓練さえ行われていない。
日本は戦後78年が過ぎた今、太平の夢から目覚め、厳しい国際情勢を直視し、制度疲労を起こしている統治機構(=法や政治・官僚システム)を最新化しなければならない。日本政府には重い課題が突き付けられている。 =おわり
■山下裕貴(やました・ひろたか) 1956年、宮崎県生まれ。79年、陸上自衛隊入隊。自衛隊沖縄地方協力本部長、東部方面総監部幕僚長、第三師団長、陸上幕僚副長、中部方面総監などの要職を歴任。特殊作戦群の創設にも関わる。2015年、陸将で退官。現在、千葉科学大学客員教授。新聞やテレビ、インターネット番組などで安全保障について解説している。著書に『完全シミュレーション 台湾侵攻戦争』(写真、講談社+α新書)、『オペレーション雷撃』(文藝春秋)。