元管制官が指摘する管制「ナンバー1」の捉え方 羽田空港衝突事故の海保機機長は「“ナンバー1”の意味を取り違えた可能性」【報道特集】

羽田空港で着陸してきた日本航空機が海上保安庁の飛行機に衝突・炎上しました。海保機はなぜ滑走路に侵入していたのか。2機の飛行機と管制官との交信記録を分析し、元管制官にも話を聞いて検証しました。
JAL機客語る 緊迫の18分間「キャビンに煙が充満」
1月2日、日本航空の機体が激しい炎に包まれた。
上村彩子キャスター「羽田空港の第2ターミナルです。火災発生から3時間ほど経ちますが、まだ煙が上がっている様子が確認できます」
事故が起きたのは、午後6時前。
羽田空港のC滑走路に新千歳空港発の日航機が着陸。能登半島地震の救援物資を積み、出発しようとしていた海上保安庁の飛行機と衝突した。
その後、日航機は滑走路を右に外れながら、1キロ先で停止したという。
機内の後方に座っていたという男性は、機体が停止して間もなく、客室に煙が立ち込めてきたという。
事故機の搭乗客「キャビンに煙が充満してきたのでシャツなどで口を覆っていました。取り乱したり、パニックになったりしている人もいました」
客室乗務員「姿勢を低くしてください!」乗客「壊れるよ…」子ども「開けてください!」
機内で脱出を求める声が相次ぐなか、客室乗務員が乗客へのアナウンスを続けていた。
日本航空 元客室乗務員 代田眞知子さん「皆さんドアに普通殺到するんですけれども、すごくうまくコントロールされているなと思いますね」
そう指摘するのは、代田眞知子さん。日本航空で客室の統括責任者を10年以上務めた。
日本航空 元客室乗務員 代田眞知子さん「人は飛行機が動いていて止まった時点で一斉に逃げようという気持ちになるので、それを抑えるために客室乗務員が『大丈夫、落ち着いて』とまず第一声で出してくださいと。乗客をコントロールするような大きな声で制するという練習をして、声が小さい人は何度も訓練をやらされてました」
代田さんによると、機長や客室乗務員などは年1回の定期訓練を受けなければ、飛行機に搭乗できないという。
今回、日航機の乗客は、幼児8人を含む367人。その全員が、脱出できた背景には何があったのか。
客室乗務員、乗客367人全員を誘導 奇跡の脱出劇
客室乗務員たちは、367人の乗客をどう誘導したのか。
日本航空によると、当初、機長は機体が燃えていることに気が付いていなかったが、客室乗務員の一人が左側のエンジンからの出火を確認。 さらに、報告を受けたチーフの客室乗務員がコックピットに向かい、機長に脱出の指示をするよう伝えた。
その後まず、前方2か所の非常口から乗客を脱出させることが決まったという。
脱出直前の映像を撮影していたという男性は。
乗客の男性「炎の光、本当に横だったので」
薄暗い機内を照らすために、懐中電灯のようなものを取りだす客室乗務員。通路にしゃがみ込む乗客を、脱出の妨げとならないよう脇に誘導している。
乗客の男性「(Q.非常口を開ける指示を受けた?)いや、羽のところは開かなかったんですよ、炎が来てたので。前の方です、前の方が開いたので皆で行った」
男性の座席は、後方・右側の非常口付近。
客室乗務員は、窓の外に火を確認したため、危険だとしてドアを開けない判断をした。男性はその後、前方の非常口から脱出したという。
一方で、火の手が迫っていない後方・左側の非常口を開放。
本来、コックピットからの指示が必要だが、連絡システムが故障していたため、客室乗務員の判断で開けることを決めたという。
日本航空 元客室乗務員 代田眞知子さん「電気系統がだめ、キャプテンからの連絡がだめだった場合は、何も連絡も来ないのでずっと待っているのではなく、客室乗務員それぞれが判断するという想定で訓練をしています」
代田さんによると、一人が一秒遅れるだけで後ろの乗客の命に関わるため、躊躇している乗客がいた場合、背中を押してでも脱出させることがあるという。
今回の乗客が撮影した映像からも、脱出用シューターから次々と乗客が滑り降りている様子が分かる。
そして、事故発生から18分後。
逃げ遅れがいないか、機内全体を確認した機長とみられる男性が最後に脱出用
シューターを滑り降り、客室乗務員と共に機体を後にした。
なぜ滑走路に? 元管制官の指摘 “ナンバー1”の意味を取り違えた可能性
なぜ、事故は起きたのか。管制官と、2つの機体との「交信記録」を分析した。
衝突の4分半前、離着陸をコントロールする「タワー」の管制官が日航機にこう指示を出している。
管制(東京タワー)「JAL516、滑走路に進入を継続してください」
日航機(JAL516)「滑走路に進入を継続します」
さらに2分後…
日航機(JAL516)「着陸支障なし、JAL516」
実は海保機は、日航機に対する着陸許可の交信を聞いていなかった可能性がある。
このタイミングでは、海保機が無線を「タワー」の周波数に合わせておらず、地上走行を管制する別の周波数の無線を聞いていた可能性があるのだ。その後、海保機は、タワーの管制官にこう呼びかける。
海保機(JA722A)「タワー、C誘導路上です」
管制(東京タワー)「東京タワー、こんばんは」「(離陸の順番は)ナンバー1、滑走路停止位置まで地上走行してください」
海保機(JA722A)「滑走路停止位置に向かいます。ナンバー1、ありがとう」
そう答えた海保機だったが、停止位置を越え、滑走路に進入してしまった。
なぜ、進入してしまったのか。元管制官の田中秀和氏は、「ナンバー1」という言葉を海保機の機長が誤解した可能性を指摘する。「ナンバー1」とは本来、離陸の順番を示しているだけだという。
元管制官 田中秀和氏「ナンバー1という言葉のみで『滑走路に入って良し』とするルールは世界のどこにもありません。任務が災害派遣であったこと、出発が遅れていたことで、何とか大事な任務を時間軸として取り戻したいという意識があったとすれば、それはハリーアップ症候群に合致すると思います」
焦ることで自分に都合の良い解釈をしてしまう、ハリーアップ症候群の可能性があったという。
その後、滑走路上で海保機は停止。衝突まで40秒間、とどまり続けたとみられるが管制官は気づかなかった。
管制官は国交省の聞き取りに対し、次のように話していると言う。
管制官(国交省の聴取に対し)「ほかの航空機の調整などがあり、海保機に滑走路手前まで走行するよう指示を出した後、動きは意識していなかった」
国交省によると、タワーには誤進入を管制官に知らせるシステムが備えられているという。今回、このシステムは正常に作動していたものの、管制官が気付いていたかどうかは明らかにされていない。
元機長「滑走路灯・誘導路灯は“何かを見つけるためにあるものではない”」 夜間視認の難しさ
一方、日航機側が海保機に気付くことは出来なかったのか。
40年以上にわたり、日本航空でパイロットを務めた小林宏之氏に、フライトシミュレーターで事故があったC滑走路への着陸を再現してもらった。
上村キャスター「今は滑走路まではどれぐらいの距離で、どういう指示が管制官から入ってくる?」
航空評論家 小林宏之氏「今ちょうど500mぐらいの高さです。滑走路に他の飛行機が居なかったら、管制塔から着陸許可が出ています」
上村キャスター「これだけ暗いと全く見えないですね」
航空評論家 小林宏之氏「ここではまだ小型の飛行機はわからないですね。パイロットは計器・滑走路・周りの状態を常にチェックしています」
着陸直前、地上の飛行機や誘導灯など、滑走路周辺の様々な光がパイロットの目に入るというが。
航空評論家 小林宏之氏「滑走路灯・誘導路灯はパイロットが滑走路を発見し、誘導路を走行するためのもの。何かを見つけるためにあるものではないので、小型飛行機の灯火を遠くから発見するのは難しいことではないか」
事故調査の在り方 同じ事故を繰り返さないために責任追及より原因究明を
上村キャスター:海保機に乗っていた5人の方が亡くなり、さらに多くの命が失われる恐れがあった大事故ですが、取材をすると多くの乗客が「客室乗務員の指示のおかげで落ち着いて行動することができた」と、感謝の言葉を口にしていました。
日航機の乗員・乗客全員が脱出できたのは、日々の訓練の成果だと思います。危機に直面した時に、瞬時に適切な対応を取ったり、声かけをしたりするのが人間のできることですが、一方で人間だからこそ、どうしてもヒューマンエラーというのは起き得ます。
元機長の小林さんが、「チェーンオブイベント」という言葉を口にしていました。1つのエラーがあっても、管制システムや管制官による安全確認、そしてパイロットによる安全確認など、どこかひとつがうまく機能していたら事故につながる鎖を断ち切れたかもしれない。しかし、今回はそのすべてをすり抜けて事故が起きてしまったということです。
膳場貴子キャスター:この先、気を付けて見ていきたいのは事故調査の在り方です。日本では原因究明よりも責任追及に重きをおく傾向があります。運輸安全委員会が調査を始めましたが、その調査結果が刑事裁判の証拠に使われる可能性があるために、当事者が口をつぐんでしまって事故原因の究明に支障を来すということが長らく指摘されてきています。今後、事故を繰り返さないために、すべてを明らかにするという目的で調査が進むことを期待します。

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