「特定少年」も極刑免れず。山梨県甲府市で2021年10月12日未明、50代の夫婦を殺害後に住宅に放火、全焼させたとして殺人と現住建造物等放火などの罪に問われた同市の無職、遠藤裕喜被告(21)の裁判員裁判の判決公判が18日、甲府地裁であった。三上潤裁判長は「強固な殺意に基づく執拗かつ残虐な犯行。被告が19歳だったことを最大限考慮しても死刑を回避する事情にはならず、更生の可能性も低い」などと述べ、求刑通り死刑を言い渡した。
「幸せが崩れるって、こういうことなんだね」
事件当時、被告は甲府市内の定時制高校に通う19歳の少年だったが、翌年施行された改正少年法では18歳と19歳を「特定少年」と規定し起訴後の実名報道が可能になり、検察が実名公表を初適用するケースとなっていた。
遠藤被告は一方的に好意をつのらせていた高校の後輩女性(長女)の自宅に侵入して、その両親を殺害、妹(次女)をナタで切りつけて大けがを負わせ、姉妹は命からがら脱出していた。被告自身は母親の再婚相手の義父に虐待を受けて育った経緯もあり、昨年10月からこれまで21回に及んだ公判では、被害者の調書や証言による生々しい事件の再現、被告の二転三転する供述内容などが明らかにされてきた。
全焼した被害者の自宅(近隣住民提供)
第7回公判では放火にあった姉妹の供述調書が読み上げられ、2階から逃げ出す状況などが鮮明に浮かび上がった。これによると、2階で寝ていた長女は、遠藤被告にナタで襲われた次女に危険を知らされ、「隠れても見つかる」と思い、妹と一緒に1階の窓の上に足をかけて飛び降りた。長女は携帯電話で110番通報しながら裸足で走った。公判で示された通信記録では「落ち着いて」と呼びかける警察官に「お父さんとお母さんは家で殺されちゃったかもしれない」と助けを求めていた。約500メートル離れたコンビニにたどり着いて警官の到着を待つ間、妹は姉に「幸せが崩れるって、こういうことなんだね」と言ったという。次女はこの間も出血が止まらず死を意識したが「お姉ちゃんを残して死ねない」との一心だったといい、その後の日々について「今でも時間が空いたときや、夜に暗くなってきたときなどは、また襲われるのではないかと寝られない。犯人が存在しなければよかったのに」と語ったという。
「何も悪くない父や母、妹と関係があるのでしょうか」
被告が好意を寄せていた長女の供述調書では、交際を迫られ困惑していた様子が浮き彫りになった。事件の約2週間前の9月30日午後1時ごろ、高校の駐輪場で被告に呼び止められ、ネックレスをもらって告白された。「よく知らない人と付き合うのはどうなのか」と思い、断るために翌日に教室で話をした。やんわり断ったが食事に誘われ、10月7日に食事をしたが、「ぐいぐい来る」「ペースが合わない」という印象を持った。翌8日に「付き合えない」とメッセージを送り、LINEをブロックした。被告は事件前日の11日に学校を欠席、「皆勤だったはずなのに休んでいたので驚いた」とし、事件当日を迎えた。長女は論告前の最後の公判では法廷とモニターで繋いだ「ビデオリンク方式」での意見陳述も行った。長女は「世界一の父、母、妹を事件に巻き込んでしまった。どう償えばいいか、答えが出ません」と自らを責め、謝罪の言葉がない被告に対して「不思議でならない。(被告の)生い立ちを聞きましたが、何も悪くない父や母、妹と関係があるのでしょうか」と言い切った。事件で負傷し、不眠症に苦しむようになった妹について「元の妹に戻ってほしい。私の望みはそれだけです」とし、被告への処罰感情を問われると「怖いから、言いません。裁判官、裁判員の皆様、妹の心と体を守ってください」と訴えた。
昨年10月におこなわれた初公判(写真/共同通信社)
一方の被告側は殺人未遂罪に問われた次女へのナタ攻撃について、殺意を否定。犯行全般についても心神耗弱を主張、死刑判決回避を試みていた。第14回公判では検察側が遠藤被告の供述調書を読み上げ、事件直後は「本当に申し訳ない」と被害者に対する謝罪を口にしていたことについて「罪を軽くするためにウソをついていた。正直、そこまでの気持ちは持っていない。罪を軽くする気がなくなったので本当のことを話します」と、供述内容を変更したことを述べた。さらに、事件について「大きく3点ほどウソをついていた。一家を襲う際の計画や動機、凶器、次女への攻撃の3点で、ほかに、放火後の行動でもウソをついていた」と述べていたことを明らかにした。続く第15回公判では、鑑定留置時に精神鑑定をした山梨県立北病院の宮田量治院長が証人尋問に立ち、被告には精神的な「病気」はないものの、行為障害や愛着障害、複雑性PTSDといった精神「障害」があると証言。その背景として、夫婦げんかが激しい家庭で育ち、父から体罰を受けてきた反動から弱いものへの攻撃性が芽生えたと指摘。幼いころから昆虫を殺したり、飼い犬を叩いて虐待したりしていたことを挙げ、「この攻撃性が爆発した」と事件に繋がったことを分析した。
「遺族の苦しみについては正直よくわからない」
一方、被告と8回面接した文教大学の須藤明教授(犯罪心理学・家族心理学)が弁護側証人として「拷問への関心と、失恋。希望しない就職先を勝手に母親に決められてしまったことへの現実逃避が事件の動機。虐待を受けた主人公が復讐するマンガを読み、自分を重ねている印象を持った」と証言。更生の可能性について問われると「傷つく経験を整理し、事件に向き合っていくアプローチが必要だ」と話した。
事件後、被害者の自宅に供えられた花や飲み物(撮影/集英社オンライン)
遠藤被告本人は「社会に戻るつもりがないから」と公判でもほとんど質問に答えなかったが、第19回公判では一転してしゃべり始めた。弁護側の求めによる被告人質問では「いろいろなことに疲れていた。長女とのLINEが後押しになって、逃げだそうと決めた。母親に家を出るなと束縛され、暴言を吐かれることが嫌だった。不本意な就職先を一方的に決められ、家と将来から逃げたかった」と動機を説明。また、検察側からの質問には「長女の目の前で家族を拷問し、殺したときの表情を見てみたいという興味があった」と言い放ち、放火した理由を「証拠隠滅もあるが、警察と戦闘するまでの時間稼ぎだった」と述べた。同公判では被害者や遺族に対して「悪いことをしたなと思うが、特に僕としては何もしてあげることはできないし、遺族の苦しみについては正直、よくわからない。謝罪の言葉を口にしないのは、自分の判決にとって、そっちのほうが心証が悪くなるからです」と淡々と言い切った。しかし、自身の家族について問われるとすすり泣く場面もあり、もろさも垣間見せた。遠藤被告は一貫して「控訴はしません」と言い続けてきたが、判決を受けて弁護人の1人である藤巻俊一弁護士は「被告と話し合って控訴するかどうか決めます」と述べた。
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班