能登半島地震の発生から1カ月。避難生活が続く疲労やストレスは、心の健康(メンタルヘルス)にも影響する。被災者は周囲に遠慮し、「自分よりも大変な人がいる」とつらさを抱え込んでしまう傾向にあるという。被災者の心情をおもんぱかり、繊細に対応することが、周囲で支援する人にも求められる。
「被災地では時間がたつにつれて、心の問題が顕在化する。体の健康にも影響するため、被災者が不安や孤立、孤独にならないように支援することが重要」。こう指摘するのは、筑波大准教授で災害精神医学が専門の高橋晶医師(52)。
東日本大震災や熊本地震の際に被災者の心のケアに携わり、能登半島地震でも精神医療チームの指揮を執り、金沢市内の避難所で支援にあたった。
災害で家族や親しい人を亡くしたり、自宅を失ったりした人の心は揺れ動く。初期はあまりにひどい現実に混乱して、強い喪失感が生じる。その後、気力や体力を顧みず自分のケアを後回しにして、やみくもに頑張る時期がやって来る。この状態は長続きせず、被災生活が長くなるにつれて疲労がたまり、親しい人やなじんだコミュニティーを失った孤独を強く感じ、生活再建や将来への不安が増してくる。
「心の健康は目に見えにくい。本人が『大丈夫です』と言っても大丈夫じゃないこともある」と高橋さんは訴える。
夜に一人で泣く
苦しい思いを抱え込む被災者を、数えきれないほど見てきた。親しい人を亡くし、周りから声を掛けられると「大丈夫」と答えるのに、夜一人になったらさめざめと泣いていた女性。「また地震が来るのが怖い」と母親にべったりとくっついて離れない小学生。避難所の環境に慣れることができず、食事がのどを通らない高齢者…。
「発災から1カ月以降は、被災者が苦しみながらも現実を受け止め、受け入れ始めるつらい時期。被災者に寄り添い、心の健康を守る態勢を整える必要がある」。被災者同士が、被災者と支援者が、寄り添い、受け止め、気持ちを共有して、不安と孤独を軽減することが大切だという。とりわけ、単身高齢者や子供、妊婦といった普段から援助が必要な人々への支援は不可欠だ。
被災者との接し方
被災者は支援者に対して、どうしても遠慮がちになる。支援者がよかれと思って掛けた言葉が、被災者の負担になることもある。「支援者は被災者の視点を大切に、想像力を持って接してほしい」と高橋さん。
「大丈夫ですか」と聞くのではなく、「眠れないことはありませんか」「食事はとれていますか」「人と話したくない気分ではありませんか」などと想像力を持って問いかけてみる。「いつも飲んでいる薬がなくなってはいませんか」と尋ねれば、医療の必要性を判断しやすくなる。
高橋さんが所属する筑波大の「災害・地域精神医学」講座は、能登半島地震発生から3日後に、心のケアに関する留意点をまとめたメッセージを出した。被災者には「気持ちをリラックスさせ、先延ばしできることは延ばしてあまり考えすぎず、心や体に不調があれば我慢しないで」と呼び掛けている。
つらいときは、遠慮せず医療者に助けを求めよう。衣食住の確保が安定してきたら、近くの人たちと集まって体操をしたり、困りごとを聞く場を設けたり、とりとめもない話をするだけの茶話会を開いたりするのも効果的だという。
高橋さんは「自分の心を守るには、体力と気力が必要。できるだけ安心な場所で少しでもきちんとした生活を送ることが、心のケアにつながる」として、体の健康や生活基盤の再生を含む総合的な支援が被災者のメンタルヘルスには欠かせないと強調した。
(田中万紀)