体育館の冷たい床に今も雑魚寝、高齢被災者に過酷な避難所…「このままでは関連死防ぐの難しい」

[能登地震 検証]<2>

震度7に見舞われた石川県輪島市では家屋被害が2000棟を超え、多くの人が避難を余儀なくされた。池端 幸子 さん(76)は、家族7人で1台のワゴン車の中で元日の夜を明かした。
翌2日早朝、幸子さんは普段と変わらぬ様子で近所の人と話していた。しばらくして異変が起きた。「胸が痛い」と訴え、顔色が真っ青になった。幸子さんには高血圧の持病があった。次男の忍さん(46)があわてて薬を探したが、見つからなかった。119番通報したが、「すぐには行けない」と断られた。
忍さんの運転で地元の病院に連れて行った。道路の地割れのため、ゆっくりとしか進めない。
午前11時に到着、検査を受けると「大動脈が破裂しかけている」と説明された。ドクターヘリを要請してくれたが、昼頃に容体が急変し午後1時過ぎ、息を引き取った。
「いつもにこにこ笑っている人だった。本当に元気だったのに、あまりに突然で信じられない」と忍さん。輪島市に災害関連死の申請をするつもりだという。
急激な環境変化に伴うストレスは高齢者の持病を悪化させかねない。高血圧の場合、命にかかわる心臓や血管の病気を招く恐れがある。心臓病などの急変は、発災当日から起こり得る。
輪島市の高齢者施設の入所者たちは1月4日に近くの避難所に移った。道路が壊れて車が通れず、寝たきりの認知症の90歳代女性は雨の中、担架で運ばれた。
避難所に着いた時には体が冷えていた。職員が使い捨てカイロで必死に全身を温めたが、衰弱が進み、6日に亡くなった。施設管理者の男性は「寒い中の避難で負担が大きかったのだろう」と話した。
過去の震災の災害関連死を分析してきた奥村与志弘・関西大学教授(総合防災・減災)は「高齢者が多い地域では、災害関連死が増えやすい。避難生活が長引けば関連死のリスクはさらに高まる」と指摘する。
奥能登の高齢化率(人口に占める65歳以上の割合)は50%前後で、全国平均より約20ポイントも高い。
避難所のストレスに寒さや栄養が偏った食事が重なると高血圧が悪化する。床で雑魚寝だとホコリを吸いやすく、睡眠不足にもなるため、肺炎のリスクが高まる。奥村教授は「災害関連死を防ぐには、避難生活の環境をどれほど改善できるかがカギを握る」と話す。

「過去の災害に比べ、段ボールベッドや生鮮食品などの支援が行き届くのが遅い」。ピースボート災害支援センターの上島 安裕 事務局長は訴える。広範囲に断水が続き、衛生環境が改善しない避難所も少なくない。政府は、学校や公共施設などの1次避難所からホテル・旅館などへの「2次避難」を促しているが、地元から離れたがらない人も多い。
石川県が公表している災害関連死の疑い例は1日時点で15人。災害関連死が200人を超えた熊本地震でも発生1か月時点では19人しか公表されていなかった。
被災地では、今なお9000人余りが1次避難所に身を寄せている。

冷たい床で雑魚寝、今も

体育館の床に敷いた薄いマットの上で、多くの人が雑魚寝の状態だった。地震発生から4週間もたつのに、プライバシーを守る間仕切りもない。夜トイレに行く人がドアを開ける度に冷気が入ってきた。
石川県輪島市内に設けられた避難所。支援に駆けつけた熊本学園大の高林秀明教授(地域福祉論)は、その光景に顔を曇らせた。2週間前にもこの避難所を訪れたが、環境改善は進んでいなかった。ストーブの台数は増えたが、床の冷気対策にもなる段ボールベッドは不足したまま。野菜などの生鮮食品が乏しく、高齢者が朝からカップラーメンを汁まで飲み干していた。
2016年に起きた熊本地震の支援に当たった高林教授は「被災者のニーズをこまめに聞き取って調整するボランティアなどの人手が足りない。このままでは災害関連死を防ぐのは難しい」と訴える。
同市内の別の避難所でも、同様に被災者が床に敷いたマットレスの上で寝ていた。この避難所に身を寄せる小路貴穂さん(52)は「すきま風が入るし、夜は寒い。団体生活にもストレスを感じる。こんな生活がいつまで続くのか」と不安を訴える。災害支援ナースの村田直樹さん(38)は「じっとしていて筋力が低下し、一人でトイレに行けなくなった人もいる」と話す。

地震直後は、関連死を防ぐために、過去の災害の教訓が生きた場面もあった。
日本透析医会は、阪神大震災後に構築した情報ネットワークを用い、被災地の6医療機関が透析できなくなったことを把握。この情報に基づき、災害派遣医療チーム(DMAT)が1月2~4日、透析患者約400人を石川県南部や福井県の医療機関に搬送した。
DMATは、高齢者施設に入所していた認知症や寝たきりの人ら計約850人を、県内外の安全な施設に移送した。近藤 久禎 ・DMAT事務局次長は「被災地の厳しい環境では命の危険がある高齢者を搬送する必要があった」と話す。災害支援に入った医療者は避難所のクラスター(感染集団)対策でも活躍した。
ただ、避難生活の長期化が見込まれる中、災害関連死の増加を食い止めるには、これからが正念場となる。

被災者の「心のケア」は今後も重要課題だ。
東北大などが行った東日本大震災後の住民追跡研究では、津波の被害が甚大だった沿岸部では、内陸部より2~5年後もうつ状態に陥りやすい傾向がみられた。うつ状態で引きこもりがちになると、身体の不調も招く。熊本地震の災害関連死では、自殺が19件に上った。
輪島市の輪島診療所では、診察時に地震の体験をせきを切ったように話す患者が目立つ。山本悟所長は「つらい体験を話し終えると笑顔になる人もいる。体の病気だけでなく、被災者の心のケアにも気を配りたい」と話す。
能登町の避難所に身を寄せる本谷しま子さん(80)は、2~3時間で目が覚める日が増えた。生まれ育った町から出たくないが、次の住まいの見通しも立たない。「どこへ行けばいいのか」と不安が募る。
2次避難先でもストレスに苦しむ人はいる。奥能登などから約1800人を受け入れた加賀市の西ミキ・相談支援課長は「環境の変化により、不眠や不安を訴える人の相談が続いている。認知機能の低下も懸念される」と話す。食事以外は部屋にこもる人もいる。
被災者の健康管理に詳しい和田耕治・国立国際医療研究センター医師は「発生から1か月たち、被災者には、疲れやストレスがかなり蓄積している。それは災害対応に当たっている自治体職員も同様だ。これからは自治体職員への支援も重要だ」と指摘する。
◆災害関連死=地震による建物倒壊や津波などの直接的な被害ではなく、避難所生活や車中泊による持病の悪化や疲労、ストレスなどで死亡すること。東日本大震災では3700人超、熊本地震では221人が認定されている。市町村が審査会を開き認定する。

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