講演1300回…感じた「限界」 飲酒運転で子奪われた母、装置に着目

13年前の2月9日、福岡県粕屋(かすや)町で男子高校生2人が飲酒運転の車に命を奪われた。遺族の一人で、長男を亡くした山本美也子さん(55)=福岡市東区=は県や県警と協力し「飲酒運転ゼロ」を目指す活動に力を注いできたが、根絶への道は険しく、今年1月には福岡で再び高校生が犠牲となる事故が起きた。「どうすれば、若い人の未来を守れるのか」――。山本さんは飲酒運転を防ぐ「装置」に着目し、普及を訴える。
「飲酒運転を防ぐ『最後の切り札』です」。粕屋町で6日、山本さんが理事長を務めるNPO法人「はぁとスペース」(福岡市)が企画した「飲酒運転根絶フォーラム」があった。山本さんが取り上げたのは「アルコール・インターロック」と呼ばれる装置。フォーラムでは、飲酒運転事故の遺族らが海外での装置の導入状況などについて報告した。
装置は、手のひらサイズの検知器やディスプレーでできている。車に取り付けた検知器に呼気を吹きかけ、アルコールが検知されるとエンジンがかからない仕組みだ。ディスプレーには検知結果が表示され、日時も記録できる。検知時に顔を撮影できるカメラ付きのタイプもあり、運転者になりすまして別の人が呼気検査をするのを防止できる。
静岡県富士市にある国内唯一のインターロックメーカー「東海電子」の杉本哲也社長は、2006年に福岡市東区の「海の中道大橋」で起きた飲酒運転による3児死亡事故が開発を始めるきっかけの一つだったと明かす。09年の販売開始以来、全国で約3200台を取り付けてきた。
ただ、1台約15万円と高額なため、販売先は運送会社など事業者が大半だ。「父親が事故を起こす前に何とかしたい」といった家族からの問い合わせも増えつつあるが、知名度不足もあり、市民にはなかなか普及しない。欧米では飲酒運転で検挙された人に装置の利用を義務づけている国もあるが、日本では法制度化の議論も進んでいない。
山本さんの長男寛大(かんた)さん(当時16歳)と同級生の皆越隼人さん(同)は、高校1年だった11年2月9日夜、粕屋町の町道を歩いていたところを背後から飲酒運転の車にはねられ、亡くなった。
事故から13年、山本さんは全国各地で1300回以上の講演を重ね、飲酒運転の撲滅を訴えてきた。しかし、「一つの限界」も感じてきたという。
飲酒運転による死亡事故は22年も全国で120件起き、福岡県警が23年、飲酒運転で検挙した人は過去10年で最多の1536人。根絶にはほど遠く、今年1月29日には同県大牟田市で原付きバイクを運転していた17歳の高校生が飲酒運転の車と衝突して死亡した。山本さんは事故を聞いて「一気に13年前の私に戻ってしまった。ずっと泣いていた」と明かす。
「これまで『思いやりで社会を変える』と訴え続けてきた。その思いは今も変わらないが、もっと勉強して前進しないといけない」。山本さんは飲酒運転を技術で防ぐインターロックのことを多くの人と学ぼうと、今回のフォーラムを企画した。「若い人が犠牲になる悲しい事故をなくさないといけない。装置の物理的な力も借り、飲酒運転を止めたい」【山口響】

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