凶悪犯罪抑止の銃規制強化は獣害対策の妨げか 懸念表明の自治体にハンター減少への危機感

凶悪な銃犯罪が相次ぎ、警察庁が銃規制強化を掲げる中、クマなどの獣害に苦悩する自治体などが対策への影響を懸念している。猟に使うハーフライフルの所持基準が厳しくなれば、ハンターの減少や高齢化に歯止めがかからなくなる恐れがあるからだ。担当大臣から獣害対策への配慮を求める発言が出たことで、警察庁との足並みの乱れを不安視する声も上がった。
住宅地での被害多発
森林大国・日本はシカやカモシカ、クマ、イノシシといった害獣が多く、農地の作物被害だけでなく、近年は地球温暖化でエサ不足のため里に下りたクマやイノシシに住宅地で襲われる人的被害が多発。昨年は秋田県を中心に東北や北海道で人がクマに攻撃される被害が激増し、岩手県や北海道では死者も出た。
一方で昨年5月、長野県中野市で自宅に立てこもった男が猟銃を発砲するなどして警察官2人を含む4人を殺害する事件が発生。①所持許可期間をオーバーしていた猟銃を所持②猟銃は発射罪の適用対象外③犯行に使用された「ハーフライフル銃」は規制の厳しい「ライフル銃」ではなく「散弾銃」の一種としての扱い-といった問題点が浮上した。
直後の6月には岐阜県で自衛隊員による3人死傷の銃乱射事件、一昨年には安倍晋三元首相が手製銃で射殺されるテロもあり、凶悪な銃犯罪が社会問題化している。このため警察庁は昨年12月、今国会で銃刀法を改正して銃規制を強化する意向を明らかにしていた。
身の安全を守れず
だが警察庁の意向が明かされると、害獣駆除への悪影響が懸念されるとして、北海道が真っ先に「地域事情に配慮してほしい」と声を上げた。さらに、全国各地の猟友会なども相次いで反対する意思を示した。
狩猟で重宝されるハーフライフルは射程や命中精度に優れ、許可を得ればすぐに所持できる点が利点であり、犯行に悪用される結果となった欠点でもある。警察庁の改正案では、ハーフライフルは通常のライフルと同様に10年以上連続して散弾銃を所持している人しか持てなくなる。
ハーフライフルの規制強化について、札幌市の秋元克広市長は1月30日の記者会見で、ヒグマやエゾシカ対策に当たる人材育成の面から「危惧をしている」と懸念を表明した。
北海道が危機感を強めているのは、ハーフライフルの所持基準が厳しくなれば、ハンターの減少や一層の高齢化、農業被害の深刻化が確実視されるため。猟友会関係者も「鳥を撃つための散弾銃でハーフライフルを持つのに必要な実績を積むのは困難なので、即戦力のハンターはもう出てこない」と訴える。
特にヒグマ対策では銃の種類がハンターの命に直結するが、有効射程がハーフライフルの150メートルに対し、50メートルの散弾銃では身の安全のために必要な距離が確保できない。
「問題は容疑者」
北海道猟友会は声明で「問題の本質は銃を使った容疑者」と、規制強化による犯罪抑止効果に疑問を呈する。ヒグマが生息する北海道では、電車の線路や電気設備の保守点検にもハンターが同行するケースが多い。同猟友会は「散弾銃では山に入れない。シカも捕れない銃では(ヒグマ相手に危険過ぎて)お話にならない」と強調する。
そもそもハンターの激減と高齢化は近年、鳥獣対策の現場で大きな課題となっていた。環境省は若手ハンターの育成強化を令和3年度から開始。経験豊富なベテランが指導役として狩りの現場に同行し〝ペーパーハンター〟に知識や技術を伝授する制度を導入した。
環境省の鳥獣関係統計によると、昭和50年度に約52万人だった全国の狩猟免許所持者は、平成24年度には約18万人に減少。高齢化も進む。一方でアウトドア志向の高まりから近年、40代以下の新規免許取得者が増え、21万人前後で推移する。ただ、取得しても、狩りの現場で活動する若手の数は伸び悩んでいる。
獣害も看過しない
こうした中、警察庁を所管する松村祥史国家公安委員長が今月5日の衆院予算委員会で、「(銃規制)制度の見直しにあたっては獣類による被害の防止に支障が生じることがないよう十分に配慮する必要がある」と述べた。
警察庁の露木康浩長官が銃規制に再三意欲を示していただけに、大臣発言により「すわ警察組織で政務のトップと事務方トップが不一致か」との誤解を招きかねない恐れもあった。
「松村氏は参院熊本選挙区選出。熊本県は九州では福岡県に次いで、イノシシ被害額も多い。『規制強化の回避を求める支援者らの陳情も少なくないのでは』と勘ぐる見方も野党側にはあるようだ」。与党関係者は、こう指摘する。
ただ、松村氏の発言は「関係団体などの意見を丁寧に聞き、必要性の高い方まで所持が困難となることがないよう検討を行いたい」と続いており、獣害も看過しないとの発言意図だった。
イノシシの農作物被害額が関東管区警察局管内の10県中、2番目に多い静岡県で銃規制に携わった県警OBは、こう胸をなで下ろす。
「大臣と警察庁の意思疎通ができていない〝内部不一致〟なのかと当初は驚いた。松村氏の発言の真意が分かり、そうではないんだと安堵(あんど)した」
法改正で、果たして鬼が出るか蛇が出るか。

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