医師を追い詰めた自己研さん、残業が月207時間…「限界です」26歳死亡

[2024年の医師 働き方改革]<1>

4月に始まる「医師の働き方改革」を前に医療現場が揺れている。きっかけは、1人の若い医師の自死だ。現場で何が起きているのか。改革で医療はどう変わるのか。課題を探る。
◆医師の働き方改革=勤務医の残業時間は、労使協定を結べば事実上青天井だった。2019年4月施行の改正労働基準法で、今年4月以降は原則年960時間が上限となり、違反すれば病院側に罰則が科される。研修医や専攻医、地域医療のためにやむを得ない場合は、年1860時間まで特例で認められる。地域医療特例は35年度末まで。
「仕事の半分は、自分のための勉強」

「取り返しがつかないことが起きると思っていた」
神戸市東灘区の「甲南医療センター」で数年前まで勤務していた内科医は、後悔の念にかられている。
2022年5月17日、センターの専攻医だった高島 晨伍 さん(当時26歳)は「限界です」と記した遺書を残し、自ら命を絶った。西宮労働基準監督署(兵庫県)がタイムカードの記録などから認定した死亡前1か月間の残業は約207時間。長時間労働による精神障害が自殺の原因とされた。
こうした働き方は、高島さんだけではなかった。
「『断らない救急』を基本理念とし、尽力して参りました」。センターは、ホームページにそう記していた。
だが、夜間対応は専攻医と研修医の計3人。内科医は「毎回徹夜で、仮眠どころか休む暇もなかった」と証言する。受け入れを断ると、幹部から 叱責 されたという。
さらに負担となっていたのがセンター独自の「週末主治医制」だ。例えば金曜の当直に入った医師は、対応した患者を週明けに正式な主治医に引き継ぐまで責任を持つため、土日も出勤せざるを得なかった。
高島さんが亡くなる1年前、内科医は他の専攻医らと労働環境の改善を求める嘆願書を幹部に提出していた。だが、幹部はこう話したという。
「医師の仕事の半分は、自分のための勉強だ」

労基署は高島さんの長時間労働の原因について、過重な業務に加え、上司から指示された学会発表やセンターでの研修プログラムを挙げた。これに対し、センター側は指示を否定した上で、これらを「自己研さん」と主張し、残業時間は月30時間程度だったとしている。

医師が知識や技能を習得する自己研さんは、日進月歩の医療の世界で欠かせない。若手だけでなく、ベテラン専門医にも求められる。
働き方改革に関する厚生労働省の有識者検討会でその扱いが議論になり、同省は19年7月、通達で基準を示した。上司の指示がなく、業務との関連もない場合は、労働時間に含まれないとしたが、その線引きは曖昧だ。
センターは高島さんの自殺後、第三者委員会を設置。研修プログラムの 進捗 が遅いと、専門と関係ない患者を割り当てられる<制裁>があったといい、第三者委は「自由意思で行っていたと言いがたい」と労働時間にあたるとした。

高島さんの死は、自己研さんという、医療界の因習を浮かび上がらせた。
国内最大の医師向け会員制サイト「m3.com」の掲示板には「残業を自己研さん扱いにされる」という投稿が相次ぐ。昨年10月に会員向けに実施した調査では、3割超が自己研さんの扱いに不満を抱いていた。
19年4月施行の改正労働基準法に基づき、今年4月以降は勤務医の残業時間は原則年960時間が上限となる。その特殊性から施行後5年間適用が猶予され、国はこの間に準備を進めるよう医療現場に求めてきた。業務の効率化が期待されていたが、自己研さんが安易な残業削減策として広がっている恐れがある。
甲南医療センターの具英成院長らは昨年12月、高島さんに違法残業をさせたとする労基法違反容疑で書類送検された。関係者によると、センターは同月、兵庫県に再発防止策を報告。タイムカードと自己申告する残業時間に 乖離 があれば理由の報告を求め、週末主治医制も取りやめるとしているという。センターは取材に「答えられない」とした。

厚労省は今年1月、高島さんの過労自殺などを受け、自己研さんに関する通達を見直し、労働にあたる具体例として、大学病院での研究や教育を示した。自己研さんと労働の線引きについて、勤務医の理解を得るよう病院側に求めている。
医師の労働問題に詳しい荒木優子弁護士(第二東京弁護士会)は「医師の研さんは患者の利益につながるのだから、幅広く業務と認めるべきだ」とし、「各病院が自己研さんへの考え方を改め、明確なルールを作らなければ、かえって『見えない過重労働』を生む」と懸念を示す。

不安や悩みの相談は、こころの健康相談統一ダイヤル(0570・064・556)や、よりそいホットライン(0120・279・338)など。

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