岩手県陸前高田市の岩渕達夫さん(70)は震災で妻の真理子さん(当時55歳)を亡くし、次女の純子さん(同24歳)は行方不明のまま。亡くなった妻の衣服は今も捨てられず、大切に保管している。
岩渕さんは、同県大船渡市の病院で調理業務中に被災。患者への対応などで病院を離れられず、約1週間後に自宅がある陸前高田市に戻った。
家族の安否確認で市内の避難所に行ったが、名簿に2人の名前がなかったという。「そこで津波にのまれたのかなと思いました」と当時を振り返る。
真理子さんの遺体は自宅近くで発見された。衣服もそのまま、両足の靴が脱げていた以外は、顔に少し傷があっただけ。遺体安置所の体育館で対面した時には、すぐに本人だとわかった。
リュックサックも背負ったままで、「避難生活で使うつもりだったんですかね、中には懐中電灯やロープ、カイロなどが入れられていました」という。
火葬の際、妻が被災時に着用していた衣服はどうしても入れることができなかった。「火葬も地元でやってあげられなかったしね。服もきれいに残っていたから」と話した。
岩渕さんは「妻が最後の時を過ごした服だから捨てられなかった。見ると女房のことを思い出す。13年になろうが、何年になろうが、いつも震災は昨日のことのような出来事です。区切りはありません」と語った。【宮武祐希】