円安で日本人は海外旅行へ行けないが…日本の“インバウンド回復”をリードする国は?

長く続いたコロナ禍の影響で低迷していた宿泊・旅行需要が昨年後半から急速に回復している。街を歩くとどこもかしこも大型のキャリーバッグを引いた国内外の観光客の姿が目立つ。
国内のホテル宿泊料は上がる一方
2021年には24万5000人にまで落ち込んでいた訪日外国人数(インバウンド)も2023年には2506万6000人を記録。コロナ前である2019年3188万2000人の8割近くまで回復している。JTBの予測によれば2024年のインバウンド数は2019年を超える3310万人になるという。
日本国内の旅行客数に至っては、2023年予測値で2億8100万人と同じくコロナ前である2019年2億9170万人にほぼ追いついている状況にある。
旅行宿泊需要の回復とともに、ホテルの宿泊料も上がる一方だ。都内のビジネスホテルの多くが1泊あたり1万5000円以上となり、少しグレード感のあるビジネスホテルになると2万円を下らない水準になった。多くのビジネスマンは所属する会社の出張規定で宿泊費の上限が設定されているが、上限規定の改定が追い付かず、差額を出張手当や自腹で補うことが多くなっているという。
ビジネス関連の出張はコロナ禍で浸透したリモート会議普及のおかげで回復は遅れ気味ではあるものの、対面での重要な打ち合わせなどでの出張は続いており、ビジネスマンにとっては頭の痛いところだ。
中国からの訪日客が大幅に減少
このようにひところの厳しい状況を脱して再び我が世の春を謳歌し始めたかにみえる旅行・宿泊業界であるが、回復の具合を見るに微妙な変化があることに気づく。
まずインバウンドの中身である。2019年と2023年の国別のインバウンド数を比較してみよう。総数では21%の減少となるが、この減少幅を大きく上回ったのが中国からの訪日客である。2019年と比べるとなんと74.7%の減少。実数にして716万9000人もの大幅な減少だ。中国からの旅行者は中国政府のゼロコロナ政策の影響で大幅な落ち込みが続いていたが、2023年8月10日に、日本を含む世界78か国への団体旅行の制限解除をもって、事実上解禁された。
ところが、回復の足取りは鈍く、直近の24年1月単月においても訪日客は41万5000人。2019年当時の55%にまでしか回復していない。ちなみに24年1月のインバウンド総数は2019年同月の水準に追い付いている中で、中国の回復の鈍さが際立っている。
背景には台湾などをめぐる日中の政治的緊張や、中国国内の不動産不況に端を発した景気の低迷にあるなどとされるが、2019年には959万4000人とインバウンド総数の3割を占めた中国人訪日客の退潮は気になるところだ。
“インバウンド回復”をリードする国は?
一部のアンチ中国の人たちにとっては、中国人の訪日数が減ったことはむしろ喜ばしいことなのかもしれないが、実は現在のインバウンド回復をけん引しているのは、韓国である。韓国からの訪日客数は23年で695万8000人。19年の558万4000人を137万4000人も上回っている。報道ではよく最近では欧米人の数が増えたと伝えているが、増えているのはアメリカで、19年との比較では32万2000人の増加。ただ増加数では韓国の増加の23%に過ぎない。また欧米のうちの「欧」は21.5%の減少で、全体の減少率とほぼ一緒と言えるのでヨーロッパからの訪日客も増えたと思うのは錯覚である。
日韓関係については様々な世論の声もあるが、韓国が激減した中国人訪日客を補う救世主ともいえる存在になっている。
なんだかんだ言ってもインバウンドを支えているのは、中国、韓国、台湾、香港の東アジア4か国だ。東アジアからのインバウンド客の比率は19年で70%、中国が退潮した23年でも63%を占めている。日本を旅行する彼らの多くが実はリピーターだ。
観光庁の調査によれば、初めて日本を訪れた人は香港で12.3%、台湾で14.4%、韓国で24.1%にすぎない。香港の場合、日本に来た回数が10回以上の人が29.7%、2~9回が58%を占めている。リピートしているのは距離的な近さ、アジアとしての親近感だろうが、アジアからのお客様を大事にしなければ日本の観光業は成り立たないのである。
アウトバウンドの足取りが重い原因
いっぽうで深刻な事態になっているのが日本から海外に飛び立つ人、これをインバウンドに対してアウトバウンドと呼ぶが、コロナ禍を経て、海外旅行に繰り出す日本人もコロナ前に戻りつつあるかと言えば、どうも足取りが重たい。国土交通省の調べによれば日本人出国者数は2019年に2008万人と初の2000万人の大台を突破したが、2023年、その数は962万4000人と19年の半分以下の水準に留まっている。インバウンドが8割方に戻ったのとは対照的だ。
原因は2つだ。日本人の“貧乏化”と“高齢化”だ。世界はコロナ禍からの回復と同時にインフレ時代を迎えた。コロナ対策を理由に世界中にばらまかれたマネーはインフレを招来し、各国の金利は高騰。相変わらず低金利政策の一人旅を続ける日本との金利差は広がり、円安を助長。ウクライナ紛争、ガザ地区での動乱などを契機とするエネルギーコストが上昇している。
こうした要因は日本の海外旅行好きの方々には大打撃となる。ただでさえコロナ禍で警戒を強めていた日本人にとって、航空運賃、海外ホテルの宿泊費、渡航先での物価などの高騰は、一向に給料など手元の収入が増えないばかりか、相次ぐ増税、社会保障費の引き上げが続く中、おいそれと海外に出かけていく勇気が持てなくなって当然だ。
旅行客の高齢化が追い打ちをかける
さらに追い打ちをかけているのが旅行客の高齢化だ。今、日本人の旅行需要をけん引しているのは高齢者だといわれる。特に人口構成上のボリュームゾーンといわれる団塊世代(1947年から49年生まれ)が元気に旅行をしてきた19年頃と比べ、25年には彼らのすべてが75歳以上の後期高齢者に分類されるようになる。住んでいる街の周辺部であればともかく、長い時間飛行機に乗って海外旅行ができる人は今後はどんどん少なくなってくるのは自明だ。
JTBでは24年の海外旅行者数を1450万人(19年比72%)と推計しているが、24年1月の直近値で出国者数は83万8000人。19年比の58%にすぎない。
こうした影響は欧米などで観光ガイドを務める海外在住日本人の生活にも影響を及ぼしている。先般、ヨーロッパに出張した折にガイドしてくれた方によれば、日本人の海外出張の減少と団体旅行客の減少によって、ガイド業は瀕死の状況。ガイドも高齢化がすすみ、このままでは日本人旅行客をガイドする人がいなくなるのではないかとの心配が現地でうわさされているという。現地では日本人向けのツアーは減り、百貨店や土産物店でも日本語での表記が激減しているという。
さらにこの先の未来に横たわるのが国内旅行客の激減だ。先述したように団塊世代がすべて後期高齢者になる25年以降、国内旅行客の減少は避けられなくなる。補うのがインバウンドであるが、インバウンドの消費額は年間でせいぜい5兆円程度。対する国内旅行消費額は21兆円だ。
これからの日本国内の旅行客は…
この国内旅行客の減少を埋め合わせることを現役世代に求めるのは酷な話だ。彼らは住宅を確保するために年収の十数倍ものローンを背負い、膨らむ教育費、物価の高騰、増税、社会保険料の引き上げに苦しみ続ける世代であるからだ。
日本を観光立国に、という掛け声がある。確かに日本は世界に類を見ない自然環境、食事、交通体系を具備する稀有な国だ。今後も世界中から観光客がやってくるかもしれない。だが国内、訪日客の消費額は合わせても26兆円。日本のGDP595兆円のわずか4.4%にすぎない。
やがて国内を旅行するのは裕福な外国人ばかりとなり、これにご奉仕する貧しい日本人。海外旅行をするのは一部の富裕層だけという日が来るのも近いかもしれない。
(牧野 知弘)

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