「法相がサインをした『死刑執行命令書』を私の所属する高検が受け取ってからは、総務部長が担当者となって、刑の執行に際して、誰に立ち会ってもらうか決めます。それで当時の総務部長から、『A、行ってくれないか』と言われ、私が行くことになったんです」
2024年4月1日の時点で、確定死刑囚は107人(再審が始まった袴田巌さんが現在釈放されているため、刑事施設に収容中の確定死刑囚は106人)。死刑執行が実施される施設は全国に7カ所あり、札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、広島、福岡の拘置所に限られる。
検察官である以上、死刑執行に立ち会うのは仕事
刑の執行については各拘置所の刑務官が行い、医務官が死亡確認をすることになっているが、その現場には検事、検察事務官、拘置所長が立会人となる。
元検察官のA氏は、任官して25年以上を経た2000年代に、上記のうち一つの拘置所で死刑執行に立ち会った。基本的に、死刑執行に立ち会う検察官は部長以上のベテランである。冒頭で取り上げた、立会人への指名は執行前日のこと。A氏はとくに動揺することはなかったと語る。
「検察官である以上、死刑執行に立ち会うのは仕事ですからね。そのことについての抵抗はありませんでした。とはいえ、いざ立ち会う以上は、当該の死刑囚がどのような罪を犯していたかを知る必要があると考え、事件に関する資料は事前に目を通していました」
執行当日は検察事務官と一緒に拘置所へ向かう
A氏が立ち会うことになった死刑囚のXは、3人を死傷させた男性だったという。ここで私は、死刑に立ち会う際のルールについて、検察官になった時点で、なんらかの学習の機会があるのかを尋ねた。
「一切ないですね。死刑執行するところをちゃんと見てくださいというだけですから。ただし、立会検察官として書類に署名と押印をする必要があるので、ハンコを持って行ってくださいということは言われました」
執行当日は、検察事務官と一緒に拘置所へ向かったそうだ。
「朝8時半頃に拘置所の近くで集合ということになって、事務官と待ち合わせました。検察官と事務官は必ずセットで動きますから。それで連れ立って拘置所へ行っています。事務官も死刑執行の立ち会いは初めてでした」
2階で死刑囚の首に縄をかけ、床が抜けて1階に落下する
拘置所の受付を経て、すぐに2階にある所長室へと案内された。
「所長室でお茶を1杯いただいて、それから『時間になりましたのでご案内します』と言われて、部屋を出て刑場へと向かいました」
所長室での会話について、記憶には残っていないそうだが、「とくに説明とかはなかった」とのこと。刑場は拘置所内の外れにあり、A氏と事務官は所長室を出て、そのまま2階から階段を使わずに向かっている。
「案内された部屋にはパイプ椅子が横一列に並んでいました。そこに拘置所長と私、事務官が座ります。正面にはガラスの仕切りなどはなく、こちらの床が途切れています。そして素通しの対面にも同じように床だけがあり、1階と2階の様子をこちら側から見ることができるようになっているのです。2階には先端が輪になった縄が上からぶら下がっていました。つまり、対面の2階で死刑囚の首に縄をかけ、床が抜けて1階に落下する仕組みで、そのすべての行程がこちら側にいる私たちに見えるようになっていました」
後ろ手に手錠をされていたか聞くと…
A氏の記憶によれば、パイプ椅子から向かい側にある縄までの距離は10m以上。座って間もなくすると、複数の刑務官に連れられ、Xが姿を現したと語る。
「連れて来られたXは顔に白い袋をすぽっと被っている状態で、どういう表情をしているかは全然わかりません。とはいえ、抵抗する様子などはまったくなく、刑務官に脇を支えられ、素直に歩いてきました」
そこで私は、Xが後ろ手に手錠をされていたか聞く。
「後ろ手錠? 手錠のことは覚えていないですね。一応、付き添って連れてくる人(刑務官)が2~3人いて、袋を被ったままの状態で右側から歩いてくる。そして停止位置で止まると、首に縄をかけて、周囲にいる人たちがサッとどくんですね。彼らがどいたら、もう、すぐに落ちます」
執行時に声を上げたりということはなかった
死刑の執行状況について詳述している、共同通信社の佐藤大介編集委員による『ルポ 死刑』(幻冬舎新書)のなかでは、〈まずは確定死刑囚をガーゼで目隠しし、後ろ手に手錠をかける〉と書かれている。そうしたことから、ガーゼの代わりに袋状の布で目隠しを行い、暴れることがないように、後ろ手に手錠をされていたと予想される。さらに同書は次のように記す。
〈刑務官3人は、確定死刑囚を赤枠の中に立たせると、1人が素早く両足をひもで縛り、2人がロープを首にかけて、首の左側に結び目が来るようにして軽く締める〉
つまり、首に縄をかけられるのと同時に、死刑囚の両足はひもで固定されていたのだろう。落下時の状況についてA氏は説明する。
「落ちたときの衝撃で全身がびーんと伸び、反動で跳ね上がります。それからくるくると回転しました。目に焼き付いているのは、それからしばらく、びくんびくんと全身が波打っていたことです。ただし、執行時になにか声を上げたりということはなかった。記憶にある限り、ずっと無音でした」
死亡が確認されると、複数の刑務官によって遺体は下ろされる
前出の『ルポ 死刑』においては、〈確定死刑囚の体が落下すると、地下では刑務官2人が待機し、1人が抱きかかえるようにして受け止める〉とあるが、A氏の立ち会った執行現場では、そのようなことはなかったとのこと。彼の記憶では、落下する階で視界に入っていたのは、椅子に座った白衣姿の医務官だけだったそうだ。また、落下のボタンを押す(誰が押したかわからなくして、精神的負担を軽くするための)複数の刑務官の姿も、A氏のいた場所からは見えなかったと話す。
「腰かけていた医務官は、Xの体が動かなくなった段階で立ち上がり、ずっと手首の脈を診ていて、『まだです』と首を横に振っていました。結果的に死亡が確認されたのは、11分後くらいだったと思います」
死亡が確認されると、複数の刑務官によってXの遺体は下ろされた。
「縄が下りてきて、刑務官たちが下で体を支えて首から縄を外していました。そこまで見たところで、拘置所長から『じゃあ、所長室に戻りましょう』と声をかけられたんです。なので、Xの顔は一切見ていません」
人が絶命する瞬間を見たことについて、感想を尋ねると…
落下する階の床は、コンクリートの打ちっ放しになっていたそうだ。
「刑場で目に入った景色は、全体的にグレーがかっていたイメージです。まず下の階の床は全面がコンクリートのグレー。それから対面の上の階の左右の手前側には、黒っぽいカーテンがかかっていました。その右手から刑務官に連れられてXがやって来ましたから。全部が暗い色調で、ほとんど色のない世界ですね。あと記憶に残っているのは、医務官の白衣の白さでした」
その後、A氏は所長室に戻り、事務官が作成した「死刑執行始末書」に署名、押印して、立ち会いを終えたのだった。なお、同始末書には、刑を執行した時間や死亡が確認された時間などが記されている。
私は人が絶命する瞬間を見たことについて、どのような感想を抱いたか尋ねた。
「やっぱり、(絶命するまでの時間が)長い人は長いんだな、というのは感じましたね。それまでに平均してどれくらいの時間がかかるというのは聞いていましたが、そこで聞いていたものよりも長かったですから」
その返答を受けた私が改めて、「衝撃などはなかったのですか?」と問い直すと、A氏は次の例えを口にした。
「立ち会いの順番が回ってきたので立ち会った」ということに過ぎない
「庁舎に戻ってから、事務官と一緒に検事長のところに顔を出して『執行を見てきました』と報告すると、『ご苦労様。今日はもう帰っていいから』って言われるんですよ。でも、その日は仕事をしましたね。ああ、そういえば……出たかな、出たな、酒が……」
記憶が喚起されたA氏は言う。
「お清めの酒が出て、検事長が注いでくれたような気がします。たしかそこには検事長と次席と総務部長がいて、朝っぱらから一杯やったような……」
つまりは検察にとっても、死刑執行への立ち会いというのは、それほどの一大事だと認識しているということだろう。
最後にA氏に、自身が死刑執行の立会人となったことへの感想を聞いた。
「それについては、これだけの事件を起こして、死刑判決が出ているんだからっていうふうに、立ち会う者としては納得してやっています。そうすることが検察官の職責ですし、立ち会いの順番が回ってきたので立ち会った、ということに過ぎません」
とはいえ、その体験の“重さ”については、話を聞くだけの私にもずっしりと伝わってくるものだった。
(小野 一光)