遺体見つからないまま7歳息子の「死亡届」、真相求め提訴した父の重い決断…知床観光船事故2年

北海道・知床半島沖で観光船「KAZU I(カズワン)」が沈没し、乗客24人のうち18人が死亡、6人が行方不明となった事故は、23日で発生から2年となる。乗客家族は犠牲者の 冥福 を祈りつつ、運航会社「知床遊覧船」と桂田精一社長(60)に対する民事提訴の準備を進めている。事故はなぜ起きたのか。法廷で明らかになることを願い、重い決断をした家族もいる。(北海道支社 林麟太郎、牟田口輝)
「書類上の手続きだから」言い聞かせ

勉強机には教科書が並び、脇には黒いランドセルがかかったまま。事故で行方不明になった男児(当時7歳)のものだ。「つらくなるだけ。なるべく部屋には入らない」。北海道帯広市の住宅で、父親(51)が漏らした。あの日から2年。息子と元妻(当時42歳)の手がかりは見つかっていない。
保育園の頃から列車が大好きで、一緒に時刻表を調べて近くの踏切に特急列車を見に行った。そんな記憶がふとした拍子によみがえり、その度に悔しさと悲しみに打ちのめされる。
運輸安全委員会が昨年9月に公表した事故調査報告書は、桂田社長が安全管理体制を整えておらず、死亡した船長(当時54歳)も知床の海について知識が乏しかったと指摘していた。
「起こるべくして起きた」という憤りと「避けられた事故ではなかったか」との疑問は、日に日に強まった。「法廷でじかに問いただせるかもしれない」。乗客家族の弁護団の呼びかけで、父親は遺体が見つかっていないものの、遺族として訴訟に加わることを決めた。
「書類上の手続きだから」と言い聞かせ、2月、死亡届を提出するために役場へと足を運んだ。ただ、そのときの記憶がない。頭が真っ白になり、「一刻も早く逃げ出したい」と思っていたことだけを覚えている。
死亡が認定された。「息子を奪った海は見たくない」との思いもあり、父親は23日に知床での犠牲者追悼式を欠席する。5月に予定される札幌地裁への提訴の日を静かに待つという。
訴訟 辞退の家族も

弁護団によると、原告となるのは乗客14人の家族。真相究明や責任の明確化などを求め、計10億円以上の損害賠償を求める見通し。
家族の中には辞退した人もいる。福岡県久留米市出身の小柳 宝大 さん(当時34歳)の父親(65)がその一人。真相を知りたいという思いは変わらないが、「宝大は争いを好まない優しい性格だったから」。
宝大さんは外食チェーンの「リンガーハット」がカンボジアに出した店で責任者を務めていた。一時帰国中にかつての上司(当時51歳)と訪れた知床でカズワンに乗り、行方不明に。「家族を心配する子だった」。カンボジアで新型コロナウイルスに感染した際も、余計な心配をさせまいと多くは伝えなかった。
自分たちが悲嘆に暮れる姿を見れば息子は心を痛めるだろう――。父親は「区切り」をつけようと、昨年5月に宝大さんの友人をホテルに招いて「宝大を囲む会」を開いた。事故が起きた「2022年4月」のままのカレンダーも捨てた。
22日、船体が保管されている倉庫を訪れ、手を合わせた。23日の追悼式では、「また来たぞ」と海に向かって声をかけるつもりだ。懸命に生きている姿を見せれば、息子も安心してくれるだろう。そう思っている。

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