傷害致死事件の“やり直し裁判”で無罪判決から一転 懲役6年の判決に… 新潟地裁は事件をどう判断したのか

新潟市中央区のマンションで2018年10月、当時49歳の男性をナイフで2回刺して死亡させたとして、同居していた46歳の男が傷害致死の罪に問われている裁判があります。2020年に開かれた一審で、新潟地裁は無罪判決を言い渡し、検察側が控訴。控訴審で東京高裁は「検討が尽くされていない」として一審判決を破棄し、新潟地裁に差し戻していました。そして、今年2月に“やり直し裁判”が開かれ、無罪判決から一転、懲役6年の実刑判決となりました。この判決を不服として、今度は被告側が控訴しています。
“異例の経過”をたどった裁判を振り返ります。
2018年秋、マンションで何が…
2018年10月、新潟市中央区蒲原町のマンションの一室で、会社員の鈴木理文さん(当時49)が血を流して倒れているのが見つかり、その後、死亡が確認されました。119番通報したのは、一緒に住んでいた伊藤寿哉被告(46)でした。
被害者の死因が『出血性ショック』だったことや利き腕である右腕にナイフが刺さっていたことなどから、警察は「殺意が認められた」として、被害者と酒を飲んで一緒に帰宅した伊藤被告が、被害者の右腕をナイフで刺して殺害したとして、殺人の疑いで逮捕しました。しかし、新潟地検は、頭や胸を刺していないことなどから「殺意の認定は難しい」として『殺人罪』の適用を見送り、『傷害致死罪』で伊藤被告を起訴したのです。
“1度目”の一審裁判 検察側・弁護側の主張と判決 そして…
2020年、新潟地裁で一審の裁判が開かれました。検察側・弁護側はどのように主張したのでしょうか。
<検察側>「2人は酒を飲んだ帰りに部屋の前で口論となり、その後、伊藤被告が被害者の右腕を2度ナイフで突き刺した」と主張し、懲役10年を求刑しました。
<弁護側>酒に酔った被害者が倒れこんだ際、誤ってナイフが刺さってしまった「事故の可能性がある」として無罪を主張。伊藤被告も「自分は被害者を刺していません」と起訴内容を否認しました。
<判決>新潟地裁の山﨑威裁判長(当時)は「伊藤被告が犯人であればナイフを隠したり逃げたりするのが自然。しかし、すぐに119番通報をしていて、犯人とするには不自然なところが多くある。誤って自分を刺した事故の可能性も否定できない」として、伊藤被告に無罪判決を言い渡したのです。
新潟地検はこの無罪判決を不服として控訴しました。すると、東京高裁は無罪判決を破棄し、新潟地裁に差し戻しました。「一審判決は検討が尽くされていない」というのが理由でした。
そして2022年、新潟地裁で“2度目の裁判員裁判”が開かれることになります。
“2度目”の裁判員裁判 検察側・弁護側の主張は変わらず…
2024年2月、“やり直し裁判”が始まりました。ただ検察側・弁護側の主張は1度目の裁判と変わりません。
<検察側>被害者の利き腕である右腕にナイフが刺さっていたことなどから、何者かが死亡させた『事件』と主張し、犯人は伊藤被告だとして、一審と同じく『懲役10年』を求刑。
<弁護側>被害者が体勢を崩して床に倒れこみ、左手で持っていたナイフが右腕に刺さってしまった『事故』の可能性があるとして、一審と同じく無罪を主張。
検察側が『事件』の犯人は伊藤被告だと主張するのはどうしてなのでしょうか?弁護側が『事故』の可能性を訴えるのはなぜなのでしょうか?
それぞれの根拠を整理します。
『事件性』について~検察側と弁護側の主張は~
<検察側>・傷の方向が違う「2つの刺し傷」があったのは右上腕部前面だが、被害者の利き腕は右なので不自然・被害者の血中アルコール濃度は高く、事件当時の被害者は意識混濁で力が入らない状態・被害者は仰向けで発見され、ナイフが腕から抜けた状態・被害者に自殺する動機や予兆がなかった→『事件性』があると判断
<弁護側>・鈴木さんのアルコール血中濃度は0.31%でまともに立てず、意識もはっきりしない高度の酩酊状態だった・鈴木さんが居酒屋からもらった柿をむき終えたあと、左手でナイフを握っている際に態勢を崩して床に倒れこみ、ナイフが刺さってしまった可能性がある・鈴木さんが右腕に刺さったナイフを抜こうと体勢を変えるなどした際に、誤ってナイフが角度を変えて再び腕に刺さってしまった可能性がある→『事故』の可能性が十分にある
『犯人』は誰か?~検察側と弁護側の主張~
<検察側>・救急隊が臨場した際、現場にいたのは伊藤被告のみだった・救急隊が被害者の救命活動を行っている際に被告は、血が付いた状態で発見されたナイフを冷蔵庫の上にある容器から持ち出し、洗い流した後に台所のシンクに置いた・第三者が侵入した痕跡がない→犯人は伊藤被告以外にあり得ない
<弁護側>・仮に被害者の右腕の傷が誰かにナイフで刺されてできたものだとしても、目撃者がいない・伊藤被告は被害者の部屋に居候させてもらい感謝していたし、居酒屋でも仲良く酒を飲んでいた→伊藤被告には動機もなく、ナイフで刺すということは常識的にあり得ない
2人の関係と検察側・弁護側の主張は…
伊藤寿哉被告と被害者の鈴木理文さんは、事件の7~8年前から仕事を通じて知り合い、事件が起きる10日ほど前から伊藤被告は鈴木さんの自宅に居候していました。
伊藤被告は鈴木さんのことを「マック」「リブン」、鈴木さんは伊藤被告のことを「としや君」と、お互いにあだ名で呼びあっていました。
検察側と弁護側の主張の違い~事件の経緯と犯行状況~
▼事件の数時間前(2018年10月25日 夕方~午後10時ごろ)<検察側>伊藤被告と被害者は夕方から被害者の自宅で飲酒。その後、近所の居酒屋でも飲酒。
<弁護側>2人で1リットルの焼酎を飲み干す。焼酎を飲み終わった後、2人で居酒屋へ向かう。
▼事件20分前(2018年10月26日午前0時ごろ)<検察側>伊藤被告と被害者が居酒屋から柿3個を受け取り、居酒屋を退店。<弁護側>居酒屋から柿を数個もらい、居酒屋を出る。
▼事件発生(2018年10月26日午前0時20分ごろ)<検察側>2人が被害者宅に帰宅。伊藤被告は、持ち帰った柿3個のうち1個の皮をナイフでむいて食べる。伊藤被告が被害者の右上腕部をナイフで突き刺し、右上腕部刺創などの傷害を負わせる。
<弁護側>伊藤被告が先に被害者宅に到着。伊藤被告は、部屋に入ってから間もなく寝る。柿はこたつのテーブルの上に置いた。しばらくして被害者の声が部屋の外から聞こえる。伊藤被告が目を覚ますと、部屋の中で血を流している被害者を発見。
→午前0時20分ごろの伊藤被告の行動をめぐり、検察側と弁護側で真っ向から主張が対立
▼事件直後(2018年10月26日午前0時44分ごろ)<検察側・弁護側>伊藤被告が消防に通報。
▼事件後 救急隊到着(2018年10月26日午前0時50分過ぎごろ)<検察側>救急隊が、現場に臨場。その際、現場にいたのは伊藤被告のみ。救急隊が、被害者の右腕の下で血液が付いたナイフを発見し、安全確保のため、冷蔵庫上の容器に置いた。伊藤被告が冷蔵庫上の容器からナイフを持ち出し、洗った後、台所のシンクに置いた。→証拠隠滅を図った可能性があると主張
<弁護側>救急隊が被害者の右腕の下で血液が付いたナイフを発見し、安全確保のため冷蔵庫上に積み重なっている容器の上に置いた。狭い部屋に救急隊員が入り密集していたことから、伊藤被告は何らかの拍子でナイフが落ちてしまうのは危ないと考え、ナイフを台所のシンクに置いた。ナイフを洗ってはいない。→証拠隠滅を図ったわけではないと主張
▼事件1時間半後(2018年10月26日午前1時46分ごろ)搬送先の病院で被害者の死亡を確認。
“2度目”の一審判決 新潟地裁の判断は…
3月11日。新潟地裁は被告に判決を出しました。裁判所は検察側・弁護側の主張に対して、どのような判断を下したのでしょうか。
<事件性について>弁護側の主張する『事故』の可能性について、新潟地裁の小林謙介裁判長は「被害者が左手にナイフを持って転倒し、腕に2回刺さった可能性は相当に低い確率で起こることで、そのような偶然が連続して生じるとは考え難い」と指摘。また『自殺』の可能性については、「利き手ではない左手で自傷したというのも不自然。被害者が泥酔期にあったことを考慮しても、被害者が自傷した可能性はない」としました。
→弁護側が主張してきた『事故』『自殺』の可能性をいずれも退け、被害者は何者かによりナイフで刺されて死亡した『事件』であると認定
<犯人性について>「被害者の自宅はマンションの中で最も出入口から遠い部屋であることからすれば、被害者と関係のない者による通り魔的犯行である可能性は考え難い。被害者の自宅には伊藤被告以外の第三者の侵入をうかがわせる形跡が見られない」
→常識的に見て伊藤被告以外の第三者が犯行に及んだとは考え難い
「臨場した救急隊員が発見し、冷蔵庫上のトレイに置いた血の付いたナイフを、素手でつかんで台所シンクの中の皿の中に投げ入れ、自分の手とナイフに付いた血痕などを洗い流した」
→犯人の行動とすればよく整合する
<量刑について>「何らかのいさかいを原因とする突発的な犯行である可能性も考えられるが、被告人が寝食を被害者に依存していた経過からすれば、格別に酌むべき事情があるとは言い難い」とした一方で、伊藤被告が犯行後に119番通報し止血措置をとっていたことを考慮するとして、懲役10年の求刑に対し懲役6年の実刑判決を言い渡しました。
1度目の裁判員裁判では「伊藤被告が被害者を刺した可能性は一応あるが、事故の可能性を否定できず、伊藤被告が被害者を刺したとすれば不自然な点や不可解な点が多くあり、伊藤被告が被害者を刺したことが常識に従って間違いないとはいえない」として無罪を言い渡していました。
一方で2度目の裁判員裁判では、弁護側が主張する『事故』や『自殺』の可能性が退けられ、『逆転有罪』という結末になりました。
弁護側は控訴し、今後“2度目の控訴審”へと進みます。

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