迫る土石流に「逃げられない」と死を覚悟…男性の命を救ったのは自宅前に生えた木々だった

九州大雨から1年

福岡、佐賀、大分の3県で計9人が犠牲になった昨年7月の記録的大雨から10日で1年を迎えた。大規模な土石流が発生した福岡県久留米市田主丸町の現場に住む男性は、自宅周辺に立つ樹木が大量の流木を受け止め、命を救われた。男性は「土砂災害を予防するための山の手入れや早期の避難が大事だ」と強調する。(佐々木道哉)
男性は同町竹野地区に住む、植木生産販売業、中野 智勝 さん(71)。発生1年を前に、土石流が起きた 千ノ尾 川沿いにある自宅で「土石流が迫ってくるのを見た時は『もう逃げられない』と死を覚悟した」と振り返った。
昨年7月10日午前9時半頃、激しい雨が降り続く中、自宅1階のリビングの窓から外を見ていた。山の方で青白い煙が上がった。バキ、バキ、バキ――。 轟音 が聞こえた後、何本もの杉の木が立ったままの状態で押し流されてくるのが見えた。
「山が動いた。これはただ事ではない」。妻の恵美子さん(69)を2階に避難させ、リビングの雨戸を閉めて階段を駆け上がった。「ドン」という音が響き、玄関前に止めていた軽トラックが流木に押されて玄関の柱に当たった。
2階のベランダに出ると、眼前の光景に言葉を失った。根元から崩れた大量の流木や大きな岩石、茶色の泥が地面を覆い尽くし、山側にあった住宅はなくなっていた。自宅前には、ベランダから手が届きそうな高さまで流木が積み重なっていた。
玄関前や千ノ尾川沿いには、クスやマキ、シラカシの木があり、流木はそれらに引っかかって止まり、住宅への直撃を免れた。「木々のおかげで命拾いした」と思い返す。当時、久留米市は避難情報で最も危険度が高い「緊急安全確保」(警戒レベル5)を市内全域に出しており、中野さんは「土砂災害はいつ起きるか分からない。早い段階で安全な場所に避難することが大事だ」と話す。
豪雨後、土砂災害に備え、行政に働きかけて自宅前に土のうを並べた防護壁をつくってもらった。自身も流木対策として、自宅前に高さ約3・7メートルの鉄骨の柱6本を立てた。地下1・5メートルにコンクリートと鉄筋で基礎をつくり、強度を高めた。4月頃から少しずつ工事を進め、6月に完成した。
あの日から1年がたつが、恵美子さんは「今でも夕立が降るだけで気持ちがざわつく。同じ災害を経験した人たちと話すと、思わず涙が出てくる」と語る。
土石流が起きた現場では、県が土砂や流木を止めるためのアンカーネットを応急的に設置した。今後、土石流で破損した砂防ダムを改良し、新たに1基を新設する計画で2026年度の完成を目指している。
中野さんは「ハード整備だけでなく、土砂災害の際に流木になる危険性がある木を伐採するなど山の手入れが必要だ。50年後、100年後も安心して暮らせる地域にしてほしい」と訴える。

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