多くの人から撤退をすすめられながら、なかなか応じなかったアメリカのジョー・バイデン大統領が11月の大統領選への再出馬断念を表明したことで、日本の政界について、9月に自民党総裁任期満了を迎える岸田文雄首相について思い起こした人も多いだろう。臨床心理士・経営心理コンサルタントの岡村美奈さんが、求められてもなかなか退かない政治家が、撤退を決意するきっかけについて考察する。
* * * バイデン大統領がついに次期大統領選挙からの撤退を表明、後継候補に副大統領のカマラ・ハリス氏を推薦指名した。これを受けて民主党の中ではハリス氏支持が広がっているという。「身を引くことが党と国にとって最善の利益」とXに投稿したバイデンだが、数日前にはある情報番組でこんなコメントがあった。
「誰がバイデン大統領の首に鈴をつけるのか」。
トランプ前大統領とのテレビ討論会で精彩を欠き、ウクライナのゼレンスキー大統領を前にしながらプーチンと、ハリス副大統領をトランプと言い間違えて批判を浴び、高齢による健康不安から民主党を支持する著名人らから撤退を求められた。それでも戦う意欲を見せていたが、トランプ氏の銃撃事件が起き、象徴的な奇跡の一枚が撮られ、共和党大統領候補の指名受諾受託演説では「神が私の側についていてくれたから」とトランプ氏自身に神を持ち出されてしまった。神への信仰が篤い国で、神が救ったと主張する人物と戦うのは容易ではない。オバマ元大統領にもバイデン氏で戦うのは無理だと言われ、その首に鈴をつけられたようになり、ようやく諦めたようだ。
日本でも同じような状況が起きている。自民党総裁選に向けた“岸田おろし”の風が強まり、退陣を求める声が日々大きくなっているが、岸田文雄首相はどこ吹く風のようなのだ。毎日新聞が実施した全国世論調査では13か月連続で30%を割る低迷が常態化。自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件では党総裁として、責任を「果たしたと思わない」との回答が83%に上ったという。FNNの世論調査で自民党支持層に限っても支持率は大きく落ち込んで岸田離れが顕著になり、総裁任期満了での退陣を求める声が大きくなるばかりだ。
組織行動学者のジェフリー・フェファーは『権力を握る人の法則』(日本経済新聞出版社)で「権力は心理的にも肉体的にも中毒になる」と書いている。一度手にすると、それを手放すのは難しいのだ。バイデン氏の場合、それに加えて高齢からくる衰えという事実を受け入れ、認めるのが不快で、無意識に無視してしまう「否認」が働いたのかもしれない。