9月下旬に予定されている自民党総裁選への出馬が有力視されていたデジタル大臣の河野太郎さん。自説の中核であった「脱原発」を掲げていては必要な推薦20人や投票時の議員票集めに不利になると思ったのか、突然「原子力発電の推進」を言い始めました。
理由としては、菅義偉政権で定めた2050年までの二酸化炭素の排出削減(カーボンニュートラル)の実現は、再生エネルギーの拡大だけでは無理ということ。それに、大量の電力需要が見込まれる生成AI(人工知能)やEVなど電気自動車向けの給電を考えると「原子力も必要」とのロジックに転換したのでしょう。君子豹変す。
ただ、今年3月には河野太郎さんが長年引っ張ってきた自然エネルギー財団が日本のエネルギー関連の政策議論を引っ掻き回し、2021年には国の重要なエネルギー政策の方針を定める「エネルギー基本計画」の策定では所轄大臣でもないのに説明に来た官僚を河野太郎さんが恫喝する騒ぎまで発生しました。
さすがに総裁選を前にしての突然の「180度変節」に驚いた関係者も多かったことでしょう。
その河野太郎さんは現職のデジタル大臣ですが、目下進めている国策であるガバメントクラウドと、関係省庁・自治体間のデータ連携を促進させる各種施策に関して、実質的に自治体データの標準化という大事な作業をギブアップする資料が公開され騒ぎになっています。
2024年6月下旬に実施されたデジタル庁内のデータ標準化関連の会議の議事要旨が7月31日にようやく公表されたのですが、そのデジタル庁対応方針の中身に「データ連携に関する課題は事業者間協議にて解決を行う」という内容が入っていたため、関係者は全員椅子から転げ落ちる勢いで衝撃が走ったのです。
デジタル庁内でも、調整がなお多難であるとして、データ標準化を「25年度末に設定されたリミットまでに実現するには時間がかかる旨、(河野太郎)大臣には説明してきた」。また、別の省庁幹部は「データ標準化が完了する前提で進めているガバメントクラウドが、このギブアップで実質的に死んだ」「国策として進めてきたガバメントクラウドほか国のデータ政策を、デジタル庁が潰したようなもの。河野大臣の責任はまぬがれ得ない」と手厳しいながらも当然の評価をしています。
どうしてこうなってしまったのでしょうか。
データ連携の仕組みを最初に構築することはシステム開発の基本中の基本です。逆にこれが決まらないと、後から何のデータを異なるシステムにどう連携させるか仕様がコロコロ変わるたびに開発作業に手戻りが発生し、状況によってはプロジェクトが大炎上して開発において大変なコスト増になります。
小規模な自治体ではこれらのシステム開発を自治体職員が設計して自前でNECや富士通系など開発ベンダーに発注するコスト負担が重く、場合によっては単独で開発不能なところも出てきかねません。そういう自治体に対して総務省など政府筋が自治体に開発費を補助・補填する話も予算化しようとしたところ、突然河野太郎さんが横から出てきてこれらの標準化にかかる費用は国が全額負担すると大見得を切ったのです。
その自治体の負担するコストこそ、自治体では決め切ることのできないデータ標準化に関して発生するコストと時間です。この標準化の決定に関しては業者や省庁間でもさまざまな意見があるところ、デジタル庁が大ナタを振るい、各業者の間で進め方が議論になって揉める標準化を決めてくれるものだと思われていたのです。
この大事なデータ標準化の策定作業をデジタル庁が決め切れず、あろうことか自治体にぶん投げ直し、各事業者間で協議し、その調整は自治体がやりなさいと丸投げしたことで、大変なことになってしまいました。どうしてこうなったのか分かりませんが、2025年度末までの基幹業務システムの標準化という目標が未達になってしまいます。
システムの基本設計で必要なデータの持ち方が決まらないわけですから、単にシステムの開発が間に合わないよということではなく、開発期間が延びます。またその分だけ開発コストがかかります。
自治体からすると、大風呂敷広げて国がデータ標準化にかかる費用は面倒を見るといっても、ここでデジタル庁が「データ標準化に関してデジタル庁は着地させることができなかったので、各自治体が業者間協議を行い策定してください」というのは当然コスト面でも問題があります。さらに、再び各自治体がバラバラに事業者間協議を行って異なるデータ標準を策定してしまうと、今度は自治体・省庁間で相互にデータ連携がしづらいバラバラのシステムができてしまいます。こうなってしまうとガバメントクラウドどころではないのです。
さすがにマズいだろうということで、その直後に行われた8月2日の河野太郎さんのデジタル大臣としての記者会見で話される中身に注目が集まったのですが……どうも、河野太郎さんは問題を分かっていなかったご様子。
記者会見で河野太郎さんは、日経BPの長倉克枝さんや大豆生田崇志さんらの質問に対して、堂々と……。
【問】自治体の標準化について、データ連携についてデジタル庁が決められないということは、連携できないところもあると思いますが、ではなぜ2025年度末に何のために標準化を目指すのか、改めて説明いただけないでしょうか。
【答】ご質問の意図がよく分かりませんが、データ連携の部分、データの持ち方のところは、それぞれの事業者のこれまでの知見を生かして実施してくださいという競争領域に今までもしておりましたので、特に何か変更したということはございません。2025年度末までのシステム移行というのは、よほどの事情で後ろ倒しになる自治体はいくつかあると思いますが、そこについて何ら変わりはございません。
【問】データ連携はできないということですね、標準化しても。
【答】どのようにシステム内でデータを持つかというのは、これまでも事業者それぞれやってくださいということにしておりましたので、何か変わったということではありません。
【問】データ連携ができないという事態は想定していないということでしょうか。
【答】何か協議がうまくいかない、調整がうまくいかないときはデジタル庁がコミットして事業者間で進めていただくというのは、これまでもそういうようにしておりました。先ほど6月26日の検討会でという話がありましたが、特に検討会で何か変わったということでもございません。
さらに、ダイヤモンド誌記者の鈴木洋子さんがデータ標準化を含めたシステムの工程において「スケジュール通りは3割だけ」と報じました。
先般の記者会見で河野太郎さんが「2025年度末までのシステム移行というのは、よほどの事情で後ろ倒しになる自治体はいくつかある」と述べた内容はまったくの虚偽であるか、官製デスマーチでも行って、形だけでも25年度末に間に合わせるかしか方法はなくなってしまいました。それも、各省庁や自治体での相互データ流通を可能にする標準化は進まない恐れは強いことから、ガバメントクラウドの実現は不可能になりますし、遅れた分、さらにデータ連携のためのシステム補修を行わなければならなくなります。
デジタル庁がデータ標準化の方針を決めてくれないと自治体ではなかなか前に進められず、方針がないまま自治体ごとに異なる標準になっては相互の連携が取れなくなりDXの意味をなしません。もしも河野太郎さんが意味のあるパワハラを行使するのであれば国民の暮らしやすさや自治体を救う意味でもドーンと決めてもらうしかなかったのではないか、と思います。
さすがにこの経緯を見る限り、河野太郎さんはDXや国家的なシステムで利活用する国民や行政情報のデータ標準化についてまったく分かっておらず「無能」と叩かれても仕方ないでしょう。
マイナンバー制度の普及拡大や、ワクチン接種のような、前に進めればそれがそのまま国益や国民の利益になることであれば、パワハラでも何でもして推進させる能力は河野太郎さんにあるのだろうと思います。一方、データ標準化の場合は、重篤な利害関係が自治体や民間事業者相互に発生し、すべての自治体が一定のデータ標準に基づいて連携しているから全国的に関連データが流通させられるのだ、という基本を、どうも河野太郎さんは理解していないのでしょう。
デジタル庁も、幹部はさすがに状況や問題点をよく理解はしています。ただ河野太郎さんにどう話を上げていいかわからないという状況になっているようなので、そこは怒られても大声出されても決定権者であり上司大ボスでもある大臣に説明して決断を促すべきなのではないかなあと思います。
より俯瞰的にこの問題を見るならば、国家として、マイナンバー制度を促進して政府や行政をデータ化し、合理化を推進するというのは当然やるべきことです。また、政府や都道府県、自治体のIT関連発注を適正化したり、データの標準化を行ったりして調達のコストダウンを図り、技術を駆使しながら限りある税金・財源を適切に使っていくことは大事な大方針であることは間違いありません。
しかしながら、今回のデジタル庁のように河野太郎さんが問題の所在を理解しておらずデータ標準化作業を自治体にぶん投げてバラバラに策定させ、使い物にならないガバメントクラウドと高額の開発費を擁する自治体システムの再構築にカネを使い始めてしまうと話がおかしくなります。
また、今回ぶん投げられた自治体の側には、IT技術やシステム開発に詳しい地方自治体の職員がほとんどいない場合も多くあります。そればかりか、人口減少と財源の枯渇に伴って、日常的な自治体運営のためのマンパワーも足りず、データ標準化の策定どころではない自治体も少なくありません。
地方自治体の情報化が進まないのは、自前でシステムの仕様を切ることができる人材が少なく、出入りしているITベンダーなど事業者任せになって、そのベンダーの言いなりになってシステム投資額が決まってしまう、いわゆる「ベンダーロックイン」という現象があります。この事業者が乱立し、一度納入したシステムは稼働してしまえば別の事業者に切り替えることが困難なことから、いつまでも自治体はその事業者に情報化予算を吸い上げ続けられるという弊害は強く指摘されてきました。
他方で、事業者側も勝手知ったる自治体の仕事を進めることで合理化させている面もあるため、この「ベンダーロックイン」自体が本当に悪いことだけなのかという論点では賛否両論あります。その自治体と業者の関係をデジタル庁が音頭を取ってデータ標準化を断行することに価値があったはずが、それが河野太郎さんの無理解ゆえに進まなくなったのは自治体にとっては災害に近い問題を起こします。
災害対策もデータ整備も基本的には自治体の権限で行わなければならない行政分野が多く、感染症対策でもVRS(ワクチン接種記録システム)など国が開発しているのに自治体に使ってもらって連携という形で進めなければならない領域もたくさんありました。まだ若い人が地方にも多く元気なうちは自治体も無茶振りされても対応できたのでしょうが、こんにちの状況では人材も予算もなくどうしようもないというのが実情ではないでしょうか。
それゆえに、ガバメントクラウドに向けてのデータ標準の問題は、置き換えれば衰退する地方自治体をどのように再々編し、必要な技術や人員を計画的に主導し、国家が制度を改革して適切な形で着地させるのか、という広い視座がどうしても必要になります。河野太郎さんひとりの問題で終わらせるべきではなく、国の役割と決定を合理的に都道府県・自治体に示す作業こそ本来は必要なことです。衰退している地方社会においては「これこそ国がやってほしいこと」という分野がどんどん増えているのではないかと思います。
そして、自民党総裁になり首班指名され総理大臣になるからには、単に「AIでたくさん電気喰うから、原子力も推進するよ」という上っ面の政策論ではなく、まさにガバメントクラウドのような国と地方が一体となって取り組むべき政策にビジョンを持ってどう対峙するのかこそが肝要なのではないか、と感じるのですが。
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(情報法制研究所 事務局次長・上席研究員 山本 一郎)