マイナンバーカードやパスポート(旅券)を不正取得したなどとして、フィリピン国籍の女ら3人が3~5月、大阪府警に逮捕された。カードの名義は、女の親類と日本人との間にできた日本国籍の娘。不法滞在だった女は、顔写真のない娘の公的証明書などをもとに市役所でマイナカードを手に入れ、別のフィリピン人男性と結婚までしていた。マイナカードは一度手にすれば国内のあらゆる権利を享受できるだけに、専門家は「カード交付の経緯などを検証すべきだ」と指摘する。
「日本で学校に通いつつお金も稼ぎたい」
令和元年11月、母国のフィリピンから来日したマルティネス・マウリーン・メシアノ被告(30)=旅券法違反罪などで起訴=は、大阪府内に住む親類の女性(61)=詐欺容疑で逮捕=にこう持ち掛けた。
マルティネス被告の在留資格は、観光目的などで労働は認められていない短期滞在ビザ。このまま日本に不法滞在し続ければ、摘発されるリスクが付きまとう。すがる思いで相談すると、親類女性が「在留できるいい方法がある」として一つの案を示した。
府警によると、親類女性には日本人男性との間に生まれた日本国籍の娘(32)がいるが、幼いころからフィリピンに出国したままだった。女性の案はこの娘になりすまし、日本の身分証を取得すればいいという内容だった。
無保険受診で診察券も取得
最初にして最大の難関がマイナカードの取得だ。申請にはマイナカードの交付通知書と本人確認書類が必要となる。本人確認書類については、運転免許証といった顔写真付きなら1点、顔写真がない場合も健康保険証など公的書類2点の提出が求められる。
フィリピンに滞在する娘は、親類女性の自宅から住民票を移しておらず、交付通知書と年金手帳は女性の手元にあった。本人確認に必要な残る1点は、マルティネス被告が無保険で医療機関を受診した際、娘名義で不正に作成した診察券だった。
準備が整ったマルティネス被告は令和元年末、親類女性が居住する大阪府内の市役所に必要書類を提出。目立ったトラブルもなく、翌2年1月にマイナカードが交付された。捜査関係者は「保険証もないのに平然と医療機関で受診したのは予想外。診察券が偽造されているとは(市役所の担当者も)想像しなかったのではないか」と話す。
次々に不正、婚姻届も提出
顔写真入りのマイナカードを手に入れれば、もう遮るものはなかった。
マルティネス被告は直後に娘名義の旅券を入手し、日本とフィリピンとの間で往来を繰り返した。さらに、親類女性や娘の姉、ダヴィッド・ハルカ被告(34)=詐欺罪で起訴=と同居していた令和元~5年、生活保護計約90万円を不正受給。昨年8月には娘になりすましたまま、フィリピン国籍の男性と婚姻届まで提出していたが、これも「男性の在留資格を得るための偽装結婚が疑われる」(捜査関係者)という。
急転したのは今年3月。親類女性の娘になりすましたまま三重県内で金属加工関係の仕事に従事していた際、入管当局に不法滞在などが発覚して収容されたのだ。端緒は娘本人が旅券を取得しようとしたためだった。娘は申請時、すでに娘名義で取得されていると告げられ、初めて異常な事態に気づいたという。
目視で見破るのは不可能
住民票や戸籍といった証明書の取得に加え、健康保険証としての利用も始まったマイナカード。総務省によると、交付枚数は累計1億枚を突破し、日本の人口の8割が取得している。
普及に伴い、偽造カードによる被害は散発しているが、今回は自治体が発行する〝正規〟のカードが悪用された。偽造とは違って目視で不正を見破るのはほぼ不可能なため、「全国で年間数件」(外務省)という旅券のなりすまし取得にまで発展してしまった。
マイナカード制度に詳しい名古屋大の稲葉一将教授(行政法)は、不正取得の完全な撲滅は難しいとしつつ「(窓口の担当者が)本人確認書類が適切か入念に確認することは基本」と指摘。自治体職員の業務が多忙化しているとした上で「単なる窓口の一過性のミスなのか、別の問題もあったのか、背景を検証する必要がある」と述べた。(鈴木文也)