ドナルド・トランプ氏が勝利し、次期大統領に決まった。事前報道ではカマラ・ハリス副大統領と歴史的な大接戦とされていたが、激戦州を軒並みトランプ氏が抑えるなど、圧勝と言っても良い結果になった。トランプ氏に投票すると明言しない「隠れトランプ支持者」が相当数いるとされてきたが、結果を見る限り、それが現実だった。中でも地域経済を担う財界人やビジネスマンにも「隠れトランプ支持者」が多く存在したと見られている。やはり、「経済」が勝敗を分けるキーワードになったと言えるだろう。
特に今回のトランプ氏勝利の原動力になったと見られるのが、実業家のイーロン・マスク氏によるトランプ氏支援だった。マスク氏は少なくとも1億1900万ドル(約180億円)にのぼる献金を行い、選挙戦を支えたといわれる。こうしたマスク氏の支援に対して、選挙期間中からトランプ氏も閣僚など要職にマスク氏を迎える姿勢を見せてきた。
中でも下馬評に上がっていたのが「政府効率化委員会」のトップに就任するというもの。政府が行っている規制などを撤廃させる権限を握るとされるが、マスク氏が就任すれば、産業育成に障害となる環境規制などが焦点になり、連邦環境保護庁(EPA)や連邦航空局(FAA)などが標的になるのではないかと言われている。
マスク氏は電気自動車のテスラをはじめ、航空宇宙産業や人工知能(AI)などの分野で事業展開し、X(旧ツイッター)を傘下に収めたことでも話題になった。マスク氏が政府の規制に関与することで、自身の事業運営に寄与することが考えられ、トランプ氏への支援も、自身が政府への影響力を持つことで、自己の利益を拡大することになると批判的に見る向きも少なくない。
一方で、事業を成功させているマスク氏が米国の経済構造改革の先頭に立つことで、米国経済を大きく飛躍させるという期待もある。勝利を収めたトランプ氏は演説で、「アメリカに黄金の時代をもたらす」と述べ、支持者の期待を煽った。
トランプ氏の当選確実が伝わった11月6日のニューヨーク株式市場では、NYダウが1500ドルを超える上昇となり、終値は4万3729ドル93セントと最高値を更新した。東京外国為替市場では6日の朝方まで1ドル=151円台で取引されていたものが、トランプ氏優勢と伝わると、一気に円安ドル高が進み、1ドル=154円台に乗せた。東京株式市場でも日経平均株価が1000円を超す上昇となり、「円安株高」の様相を示した。
もちろん、トランプ氏が大統領に就任した際の政策は、「何が飛び出すか分からない」リスクも孕んでおり、7日の東京株式市場では日経平均株価が一転して小動きとなった。当面は、次期トランプ政権の政策や人事が報じられるたびに株価や為替が大きく反応することになりそうだ。
現状でも米国経済は底堅く推移しており、物価上昇率は鈍化する一方、給与も増加が続き、消費も底堅い。高いインフレを抑えるために金利の引き上げを続けてきたが、物価が沈静化しつつあることからFRB(連邦準備理事会)は利下げに転じている。もっとも、金利を下げると再び景気が過熱するリスクもあり、FRBは慎重な金融政策の舵取りを求められている。
そんな中で、トランプ大統領の登場は、景気を過熱させる方向に向かわせるとの見方が強い。トランプ前政権時の2017年に成立した減税・雇用法、いわゆるトランプ減税のうち、2025年末に期限が切れる個人所得税の減税を、恒久的に延長すると見られる。これは所得税の最高税率を39.6%から37%に引き下げているもので、金持ち優遇という批判もある。また、相続税や贈与税の基礎控除も大きく増やし、減税となっている。
また、法人税率も大幅に引き下げるのではないかと見られている。トランプ氏が主張する「アメリカ・ファースト」を実現するために、法人税率を引き下げることで、企業が米国内に回帰することを狙っている。
一方で、景気が過熱し、物価上昇が再燃した場合には、FRBが再び利上げに動くこともあり得るが、トランプ氏は前政権時代、金利の引き下げによるドル安を求めた。ドル安によって米国の製造業の競争力を高めることができるという考えからだ。米国企業優先という考えに基づいて、外国からの輸入品に高関税をかけることも前政権時代には行っている。
本来ならば、景気過熱による金利上昇で、ドル高に動くと見るべきだが、「トランプだから何をやるか分からない」と疑心暗鬼から、ドル安誘導もあり得るという見方が出ている。当選が報じられた瞬間こそドル高円安になったものの、その後、円安が続かないのは、こうした見方から相場が一方向に動けない事態になっているからだ。
そんな中で、日本の経済政策・金融政策の舵取りは一段と難しさを増す。与党が過半数割れとなって政権が流動化していることもあり、利上げによる金融政策の正常化など、本来行うべき政策が取りにくくなり、国民受けするその場しのぎの景気対策に終始することになりかねない。特に来年7月に参議院議員選挙が控えていることから、どこの政党も国民負担が生じる改革案は打ち出せない。つまり、本格的な増税議論はまずできない。
一方で、石破首相とトランプ大統領の組み合わせで一気に前進しそうなのが、安全保障分野。トランプ氏は、日本防衛で米軍に依存する体制から日本自身による自前の防衛力強化を求めてくると見られ、米国の武器購入などによる防衛費の大幅増額が起きる可能性がある。石破氏は元々、日米地位協定の見直しを含め、自国の防衛は自国で賄うべきだという思考を持つとみられ、トランプ大統領と方向性が一致する可能性がある。そうなると、日本は今以上に防衛費の支出が必要になってくる。
岸田内閣時代に、防衛費を大幅に増やし、5年間で43兆円とすることを決めているが、財源としての増税は先送りされ、2027年度からということになっている。法人税と所得税、たばこ税で1兆円の増税を行うが、与党が過半数を割ったことで、年末の税制改革大綱で具体的な増税策を決められるかは予断を許さない。
そんな中で、さらに防衛力強化となり、さらなる増税が必要となれば、企業収益の悪化や個人消費の減少が避けられない。トランプ政権との外交交渉次第とはいえ、浮上しかけていた日本経済にとってさらなる重石が加わることになりかねない。
円安が進めば本来は貿易で稼ぐというのが常套手段だが、トランプ時代には米中間の経済摩擦が激しくなるという見立てがもっぱらだ。関税の引き上げにとどまらず、経済安全保障などを理由に中国と日本の間の貿易量がさらに減少するようだと、中国経済のみならず、日本経済への悪影響が鮮明になってくるだろう。中国との貿易は増やせず、かといって「アメリカ・ファースト」の米国向けにも輸出が増やせないとなると、自動車メーカーなど日本企業の業績に大きな打撃になる可能性がある。
もちろん、トランプ大統領が前政権時代と同じ政策を打つかどうかは分からない。トランプ氏を取り巻くブレーンの多くも入れ替わっており、なかなか新政権の政策を見通すことは現段階では難しい。だが、回復途上の日本経済に、荒波が襲ってくることだけは間違いなさそうだ。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)