日本弁護士連合会(日弁連)会長の渕上玲子さん(70)は2024年4月、裁判官、検察官、弁護士の法曹三者で初めて女性としてトップに立った。司法試験に合格したのは1980年のこと。当時は男女雇用機会均等法の施行前で、「就職差別が当たり前にあった」と振り返る。 司法修習同期の男性が早々に就職先を決める中、訪問した法律事務所から「女性は採用しない」と言われた。修了間際まで就職が決まらなかった。「悔しかったけど、受け入れるしかない時代だった」 ジェンダーバイアスや格差は今も続き、NHK連続テレビ小説「虎に翼」で描かれた女性たちの奮闘は終わっていない。2024年の司法試験では女性合格者の割合が初めて3割を超えた。法曹界の変化につながるか。(共同通信=清鮎子)
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▽司法試験の女性合格者、1割→3割になるのに44年
かつて日本では女性が法曹に進む道は閉ざされていた。日本女性法律家協会(東京)などによると、1936年に弁護士法が改正され、女性の弁護士登録が可能になった。 門戸が開いてからも、圧倒的少数の時代が長く続いた。「虎に翼」でその時代と女性たちの闘いを知った人も多いだろう。主人公のモデルとなった三淵嘉子さんら女性3人が弁護士となったのは1940年のことだ。
三淵嘉子さん(明治大学史資料センター所蔵)
法務省によると、1949年に旧司法試験が始まった当初、女性の合格者は数人だった。1960年代から20~30人程度になり、渕上さんが合格した1980年に女性割合が初めて10%を突破した。そんな中、1986年に男女雇用機会均等法が施行される。表立った差別は減ったものの、渕上さんは「景色は変わらなかった」と話す。 司法試験の女性合格者は1990年代に2割に到達。2020年以降は25%を超えた。今年の司法試験では女性合格者の割合が初めて3割を上回った。「3割」は、少数派が組織に変化を及ぼす分岐点とされ「クリティカルマス」と呼ばれる。
▽裁判官・検察官より、弁護士の女性割合が低い理由
日弁連会長の渕上玲子さん
「3割を超えたのは本当に喜ばしい。でも、弁護士は20%に届いたばかりで、まだマイノリティー」と渕上さんは指摘する。女性比が30%に近づく検察官、25%に迫る裁判官に比べ、弁護士は今年20%を超えたところだ。
背景には産休・育休が取りやすい状況かどうかがある。法律事務所に勤める弁護士は個人事業主として事務所の運営費を負担するケースが多い。小規模事務所にとって売り上げのない弁護士を所属させるのは難しい。一方、裁判所や検察庁は組織が大きく、家庭と仕事の両立をサポートする制度が比較的整備されている。
日弁連は、全国の弁護士会を通じ、採用・職場でのハラスメントや性別による差別的取り扱いの防止を弁護士に呼びかけている。渕上さんは「女性の活躍の機会を失わせないことが必要だ」と話す。 依頼主側の偏見もある。弁護士にとって企業の顧問弁護士になるのは大きな収入源になるが、「『女性にうちの会社は任せられない』と女性に顧問弁護士を頼む企業は少なく、その傾向は今も続いている」と指摘する。こうした機会喪失が、男女間の収入格差につながっているという。
▽男女の体験差、司法判断を左右
ジェンダーバランスの偏りによる影響は他にもにある。女性の権利に関する事件に詳しい弁護士の寺町東子さん(56)は、「ジェンダーバイアスの問題は(調停や裁判における)事実認定に表れやすい」という。
男女の原体験の違いは、司法判断を左右する。寺町さんは一つの例を挙げてくれた。「例えば、女性の間では、歩いていて通行人にすれちがいざまにぶつかられることが『よくある話』として通じる。それを男性に話すと『気のせいじゃない?』と言われる。法曹界が男性ばかりだと、女性が日常的に経験している暴力についての話が信用されず判断が偏ってしまう」 離婚事件でも、「多くのケースで女性に偏っている子育てにかかる時間的・経済的コストなどの生活実感の違いから、実態に合わない判断がされることがある」と指摘する。
▽少数者への感受性を高めて
東京地裁、東京高裁などが入る裁判所合同庁舎
司法試験の女性合格者割合が3割を超えたことは、法曹界のジェンダーに関する問題を解消するきっかけになるのだろうか。 寺町さんは「法曹界にもあるジェンダーバイアスの是正に向け一歩前進」と今後の変化に期待を寄せる。司法は、多数決で決まった施策からこぼれ落ちてしまう少数者の人権を守る役割があると話す寺町さん。「差別を受ける体験が多い女性が増えることで、少数者への感受性を高めていくことが重要だ」と笑顔を見せた。