「反リニア」の川勝知事のほうがマシだった…「推進派」知事がトップに立っても開通が「遠い未来のまま」なワケ

川勝平太前知事が突然退場し、昨年6月に「リニア推進派」の鈴木康友知事が就任して半年以上が過ぎた。
記者会見などでリニア問題について問われると、「解決に向けてスピード感を持って進める」などと毎回同じ決まり文句を唱える鈴木知事だが、ここにきて、鈴木知事が静岡県のリニア問題をまったく理解できていないことがはっきりとしてしまった。リニア知識の底が浅いことをごまかそうと必死である。
「反リニア」に徹した川勝前知事はJR東海に言い掛かりをつけるためにもリニア問題を正確に理解しようとしていた。
一方、鈴木知事は事務方から表面的な情報を受け取るのみにとどまっている。自ら積極的にリニア問題に関わるという姿勢はまったく見られない。
だから、鈴木知事は記者たちの質問にもトンチンカンな回答しかできていないのだ。
3月11日に開かれた静岡県リニア専門部会の結果を受けた翌々日13日の記者会見で、それがはっきりとしてしまった。
11日の専門部会は、静岡県のリニア問題の責任者を務め、3月末で退任する森貴志副知事が今後の混乱のタネとなる発言を行って終わってしまったのだ。
森副知事の発言は、JR東海だけでなく、会議を傍聴していた大井川利水関係協議会のメンバーらを驚かせた。
それなのに、「森発言」について事務方は知事にまったく説明しなかったようだ。
3月末に任期途中で辞めさせられる森副知事は最後の最後になって、苦しまぎれの「最後っ屁」を放ち、知事への不満を爆発させる格好となった。
鈴木知事は11日の専門部会の状況をまったく把握していなかった。
森副知事の「置き土産」を任されるリニア担当者らは今後の対応が決まっていないこともあり、説明しにくかったのかもしれない。
まず、3月11日の県地質構造・水資源専門部会で、いったい何があったのかを説明する。
当日のテーマは、「田代ダム取水抑制案」のリスク管理などだった。
山梨県側からの先進坑が静岡県境を越え、静岡県側の先進坑につながる工事期間中の約10カ月間に最大500万トンの湧水が山梨県側に流出すると見込まれる。この流出に対して、静岡県は大井川の水資源への影響を懸念して、JR東海に「全量戻し」を求めてきた。
「静岡・山梨県境での工事期間中の全量戻し」について、JR東海は東京電力リニューアブルパワー(RP)の協力を得て、県外流出量と同量を大井川の東電・田代ダムで取水抑制を行ってもらい、大井川の流量を確保すると提案した。
この日は、田代ダム取水抑制案の実際の運用サイクルやオペレーションの詳細や突発湧水など不測の事態への対応などについて、県がJR東海に説明を求めた。
2時間以上にも及ぶ県専門部会委員とJR東海との対話の終わりが見えたころだった。森副知事が発言を求め、「リスク管理を踏まえたモニタリングのうち、監視体制は重要である。監視体制の仕組みをどうするのか考えてほしい」などとJR東海に提案した。
これに対して、JR東海担当者は「JR東海は監視される立場である。静岡県といろいろ相談して考えたい」とさらりと述べた。
つまり、JR東海側は「監視体制の仕組みをつくるのは静岡県である」と言いたかったのだ。
まさしくその通りである。「監視される側がその仕組みをつくる」という森副知事の提案がおかしいことぐらい誰でもわかるだろう。もし、監視体制がそれほど重要であるならば、その仕組みをつくるのが静岡県になるのは当然である。
結局、森副知事の発言は藪蛇となってしまった。
これまでの専門部会は、JR東海の提案や説明に対して、県の選んだ学識者が科学的・工学的な立場で意見を述べて、改善を求めてきた。見方を変えれば、JR東海にさまざまな難癖をつけて、結論を先延ばしにしてきたのだ。
これまで県のほうから何らかの案を出すことなどあり得なかったのだ。
県は重箱の隅をつつくような意見をJR東海に送りつけてきただけに、もし監視体制の仕組みを県が提案するならば、ボロが出てしまわないよう、慎重にならざるを得ないだろう。
監視体制の仕組みとともに、森副知事は「監視体制の評価を行うのは県中央新幹線環境保全連絡会議であり、そこに諮るようにしてほしい」とも提案した。
県の生活環境、地質構造・水資源、生物多様性の3部会を統合するのが同連絡会議であり、個々の専門部会と違い、総勢30人近くの大所帯でもある。少人数の専門部会でなく、そこで「監視体制を評価しろ」というのだ。
メンバーは学識者だけでなく、リニアの早期着工を求める井川地区の代表4人、大井川利水関係協議会代表4人も加わるため、さまざまな意見が出るのは必至だ。
さらに、森副知事は「監視体制」について大井川利水関係協議会の了解を得ることも提案したのだ。
監視体制の仕組みをどうするのかはJR東海と県事務局とで行うだろうが、森副知事の提案の通りに、大井川利水関係協議会の了解を得ることと県中央新幹線環境保全連絡会議で評価することだけはその場で決まった。
大井川利水関係協議会は、JR東海の保全措置の基本合意に関わる利害関係者であるが、実際的な作業となる「監視体制」についてはまったくの門外漢である。そこに持ち込まれても困惑するだけだろう。
いずれにしても、森副知事の提案は唐突であり、今後、事務方での調整が多く、煩雑でもあり混乱のタネになるのは間違いない。
筆者は県事務局に進捗状況を問い合わせたが、いまのところ、まったく作業は行われていないようであり、大井川利水関係協議会の開催もまったく決まっていないという。
この専門部会を受けた13日の記者会見で、鈴木知事は「JR東海との対話を要する28項目のうち、8項目が対話終了となり、引き続きスピード感を持って、残りの対話を進めていきたい」などと相変わらず、表面的な議事内容を述べた。
これに対して、記者から「スピード感を持って進めていくという上で、何か方針、方策等があるのか」とただした。
鈴木知事は「方針というのは特にない。JR東海にしっかりと対応してもらい、物理的に掛かる時間をいかに短くするのかに尽きる」などとひとごとのような発言をしただけである。
それで、「物理的な時間を縮めることで、年内の対話完了も見込めるのか」と突っ込まれた。
これは、静岡工区(8.9キロ)の着工に向けて、鈴木知事が1月6日の新年会見で、「(年内の対話完了は)物理的に難しい」と“爆弾発言”したことへの疑問である。
記者は「現時点でも、年内の対話完了が見込めないのは変わっていないのか」と追及したのだ。
何と、その追及に鈴木知事は「よくわからない」と1月6日の発言を否定してしまったのだ。
その上で、「期限を言うと、それが独り歩きしてしまうので、できるだけ時間を短くするよう努力していきたい」などと、「年内の対話完了」という表現を避けて、曖昧にごまかすのに精いっぱいだった。
具体的な内容に乏しく、事務方からの説明も通り一遍で表面的な議事内容のみだったことがわかる。
これで今回の森副知事の提案が知らされていないことも明らかとなった。
事業者のJR東海の対応のみを求めて、対話を進めていると頭から思い込んでいたからだ。
しかし、なぜ、森副知事は、混乱のタネを残すような提案をしたのか?
3月17日の2月県議会最終日で新副知事による新体制が決まった。
森副知事のリニアに関する役割は3月11日の専門部会で終わったのである。提案した「監視体制」うんぬんは新体制に受け継がれることになるから、森副知事は何を言おうが、まったく関係なくなるのだ。
森副知事は2022年7月、難波喬司・前副知事(現・静岡市長)のあとを受けて、川勝知事の強い要請で副知事職を引き受けた。
当時のリニア問題では、川勝知事が「水一滴も県外流出は許可できない」「静岡県の水一滴を引っ張る山梨県内の調査ボーリングをやめろ」などと主張して、山梨県と軋轢を生んでいた。
森副知事は同年10月に、「山梨県内のトンネル掘削で、静岡県内の地下水を引っ張る懸念があるから、静岡県境へ向けた山梨県内のリニア工事をどの場所で止めるのかを決定する必要がある」などとした文書をJR東海に送りつけた。
「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」のきっかけとなった文書である。
2023年5月になると、森副知事は「静岡県が合意するまでは、リスク管理の観点から県境側へ約300メートルまでの区間を調査ボーリングによる削孔をしないことを要請する」とした意見書をJR東海に送った。
この意見書に、山梨県の長崎幸太郎知事は怒りを募らせ、「山梨県の工事で出る水はすべて100%山梨県内の水だ」と断言した上で、「山梨県の問題は山梨県が責任を持って行う」などと山梨県内の調査ボーリングを進めることを宣言した。
つまり、川勝知事が反リニアに火をつけ、森副知事がさらに大きく燃え上がらせるという役割分担を果たしていたのだ。
JR東海との対話は今年中に完了せず、来年の2026年以降にずれ込む見通しを示したのも事務方トップの森副知事だったのだろう。
今回、辞任に当たって森副知事はさらなる混乱を意図して、モニタリングの監視体制を「置き土産」にしたのだろう。
全国的に注目を集める静岡県のリニア問題について、県政トップがあまりよく理解していないのでは情けない限りである。
JR東海は現在、大井川流域の10市町で地元住民を対象に「大井川の水を守るための取り組みに関する説明会」を開いている。
鈴木知事にはそこでJR東海の説明を聞いてみてほしい。県専門部会といかに意見が違っているのかわかるだろう。どちらが正しいのかは、自分自身で判断するしかない。
事務方に頼りきりになるのではなく、時に自ら自発的に行動する。それがリニア問題を理解するということである。
同時に大井川流域の住民たちが何を求めているのかちゃんと耳を傾けるべきである。それをしなければ、静岡県のリニア問題の解決はないだろう。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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