取材中も80代男性が線路を横切り…人身事故を誘発、JR呉線「勝手踏切」の危険な実態

広島市安芸区のJR呉線で3月10日、小6男児が快速電車にはねられ、死亡する痛ましい事故が起きた。その現場を訪ねると、歩道と線路を隔てる柵などがなく、事故後にもかかわらず、地元住民らが日常的に線路上を行き来する姿が目に飛び込んできた。記者が後を追って声を掛けると…。
誰でも入れてしまう
事故があった呉線海田市-矢野間の踏切付近。記者が足を運んだ同月17日、こんな看板が立てかけられていた。
《大変危険です。立ち入らないでください》
JR矢野駅から海田市駅へと国道31号沿いの歩道を徒歩で5分程度。約100メートルにわたって枯れ草に覆われたり、家庭菜園のような小さな畑が広がったりしている。ここには、歩道と線路を隔てる障害物がない。つまり、入ろうと思えば、誰でも入れてしまうのだ。
ちなみに、畑はJR用地を住民らが有償で借り受けたものらしく、作物が育てられている。この日も近くに住む80代男性が土をいじっていた。
線路の両脇には、バラストと呼ばれる石が一定の高さで敷かれているが、人がよく線路を横断するとみられる箇所だけはその高さがない。線路に立ち入るまでの〝道〟もできてしまっている。
住民らが日々の暮らしの中で慣例的に使う「勝手踏切」にほかならない。
数百メートルの距離を迂回(うかい)して国道とは反対側の住宅街へ回った。ある民家の敷地奥には、《キケン!!ですから注意してください》と表示した看板があった。
民家の男性(77)は「『渡るなら気を付けて渡れ』ぐらいの意味ではないか」。男性によると、看板の設置場所自体はJR用地だが、男性方の敷地と接しており、線路を渡るとなれば、一時的とはいえ、この敷地に足を踏み入れることになる。
そんな人はほぼいないが、「ゼロでもない」(男性)。会話を続けていると、広島方面に向かう電車が目の前を通過した。警報機の音は聞こえず、近くに電車が来ているのも分からなかった。
こうした上り電車の場合、矢野駅を出発してしばらくして、左にそれるカーブに差し掛かる。線路を渡る人にしてみれば、突然、電車が視界に現れる形だろうか。男性いわく「気付いたときにはもう遅いわけだ」。
男性方と至近の民間作業場の敷地奥にも線路につながる木製の板がかかっており、日頃から線路を横断している様子がうかがえる。
2時間で2人立ち入り
現場で取材を続けていると、強い雨が降ってきた。間もなく畑で作業していた80代男性がバケツを両手に、線路内に立ち入ろうとしているのが見えた。左右を確認し、実際に立ち入った。
事なきを得たが、つまずくなどする間に電車が接近すれば、最悪の事態を招きかねない。80代男性に立ち入った理由を確かめようと記者の身分を明かした上で声を掛けたが、「もうええ!」と語気強く返され、引き下がることにした。
この80代男性の後にも、記者は別の男性が線路を横切るのを目撃した。取材を始めた約2時間で少なくとも計2人が立ち入ったことになる。
近隣住民によると、80代男性が線路を横切る姿はよく見かけるという。民家の敷地を素通りし、自宅と畑を行き来するらしい。そうすれば、遠回りしなくて済む。とはいえ、やはり危険がつきまとう。立ち入りは禁止されていないのか。
封鎖に向けた動きなく
JR西日本中国統括本部に聞いた。《(略)注意してください》の看板は「注意して渡って構わないという意味では決してない」(担当者)。電車が目の前を通るため、接触事故などの注意をうながす意味合いのものだという。
当然正式な踏切ではないため、渡れば鉄道営業法違反に問われる可能性がある。車両の改良や木製と比べて耐久性が高いコンクリート製の枕木を使うことに伴い、線路内でも電車が接近する音に気付きづらいとされる。
ダイヤの乱れで思わぬタイミングで電車が通過するケースもあり、担当者は「正式な踏切以外から線路内に立ち入るのは絶対に止めてほしい」と語気を強めた。
では、なぜ柵などがないのか。担当者は「呉線の当該現場がそうかどうかは分からない」としつつ、明治期以前から住民らの生活道路として利用されていた「里道」に、レールが敷かれた可能性に言及する。
里道は道路法が適用されない法定外公共物。JR用地であっても、勝手に封鎖はできない。自治体との協議が求められ、住民の同意も不可欠だ。
現在、この現場で封鎖に向けた動きはない。もっとも、看板の表記から、住民らが意味を取り違える可能性も捨てきれず、対応を検討するという。(矢田幸己)

勝手踏切 踏切が設置されていない線路を住民らが日常的に通り道のように使っている場所。鉄道事業者は踏切として認めていない。広島市のJR可部線で昨年、勝手踏切での事故が相次ぎ、関係者間で再発防止に向けた協議が進む。

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