日本の自殺者数が減少している一方、子どもの自殺者数はここ数年増加している。特に女子の増加が著しい。スマホ・SNSの普及や、いじめ、不登校との関係はあるのか。防ぐためにすべきことは何か、筑波大学医学医療系教授の太刀川弘和氏による考察。
子どもの自殺は増え続けている
日本の自殺者数は、バブル経済崩壊以後14年連続で年間3万人を超えていたが、平成20年より減少に転じ、平成30年にはバブル崩壊前の2万人台に改善した。令和2年には新型コロナウイルス感染症の感染拡大により一旦増加に転じたが、昨年は2万320人まで減少している。
しかし、20歳未満の子ども・若者の自殺者数はむしろここ数年増加している。
特に、小中高生は前年比16人増の529人と過去最多となった。警察庁のデータをもとに厚生労働省自殺対策推進室が作成した資料「令和6年中における自殺の状況」をみると、小中高生の自殺者数は、平成10年頃よりじわじわと増えており、コロナ禍前の令和元年には400人台、令和2年には500人台に急上昇し、以後も伸び続けている(図1)。
その内訳は、小学生15人、中学生163人、高校生351人で、中学、高校生の伸びが著しい。男女別にみると、男子では、令和4年に293人まで増加したが、この2年間で239人まで減少した。一方女子は、令和2年から急増し、令和6年にはついに290人と男子の自殺者数を上回った(図2)。
他の世代の自殺者数は、男性が女性の倍以上あることと比べると、小中高生女子の自殺者数急増は驚異的である。
このように、子どもの自殺は、中高生、女子で増えており、彼らの自殺予防は喫緊の課題である。
子どもの自殺の動機は何か
では、どのような動機で子どもの自殺は生じているのだろうか。
小中高生別に自殺の原因・動機の比率を算出すると(図3)、小学生では、家庭問題(31.3%)、健康問題(25.0%)、学校問題(12.5%)の順に高いが、原因不詳も25.0%と多く、カウントできた全動機の数も16件と少ない。
中学生では、全動機225件中家庭問題(親子関係の不和、家族からのしつけ・叱責など)が23.1%、健康問題(うつ病、その他の精神疾患)が18.2%に対し、学校問題(学友との不和、学業不振、入試の悩みなど)の比率が36.0%と最も高かった。
高校生においては全動機482件のうち家庭問題の比率が10.6%まで低くなる一方、健康問題(うつ病、その他精神疾患)が24.7%に増加し、交際問題も7.7%とやや増加している。学校問題(学業不振、入試・進路の悩み、学友との不和)は39.2%と中学生同様に最も比率が高かった。
一方、中学、高校とも動機不詳の割合は10%程度みられた。いじめの問題は9件と全動機中の0.12%で自殺の動機として高くなかった。
男女別に動機の比率の特徴に違いがあるか検討すると、男子では総計に比して学校問題の比率が、小学生10.0.%、中学生31.8%、高校生42.4%と順次高くなることに対して、女子ではうつ病を主とする健康問題の比率が、小学生16.7%、中学生21.9%、高校生31.5%と順次高くなっていた。
これらをまとめると、小学生では家庭、中学、高校生では学校での適応上の問題が大きいことに加え、男子では学校適応の問題が、女子ではメンタルヘルスの問題が、成長するに従って、自殺の動機の比率として大きくなることがわかった。
子どもの自殺はなぜ増えたのか
しかし、動機の統計は、一人につき4つまで計上しており、個人の自殺の動機としてどれが強い影響といえるのか延べ数ではわからないことに加え、動機不明も一定数おり、経年的には各動機の比率に変化は少ないため、近年の子どもの自殺増加の関連要因を説明するには不十分である。
前項の子どもの自殺の原因・動機の分布は、病気はうつ病、児童期は家庭問題、思春期は学校、友人問題が関連するという、従来の研究の指摘とあまり大きくは変わらない。
一方、ある集団の自殺が急激に増加する場合は、動機に加え、新たな自殺の手段や自殺につながる行動が増えることが報告されている。
例えば、かつて東アジアの練炭自殺、東南アジアの農薬自殺、エストニアのウォッカ乱用などが、自殺者数増加の主な要因となり、これらの販売を制限して自殺が減少したことがわかっている。近年の子どもに関して言えば、過量服薬(オーバードーズ)や自傷行為(リストカット)の増加が指摘されている。
そこで、厚生労働省のデータに加え、警察庁集計による自殺の手段、経済産業省によるOTC医薬品(薬局や薬店で処方箋なしで購入できる医薬品)販売額、文部科学省の「児童生徒の問題行動に関する調査」における、いじめ重大事態発生件数、小中高校生の不登校件数、ならびに総務省の「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」におけるスマートフォン利用率について、平成26年から令和6年までの時系列データを収集し、10代の男女別自殺者数の推移と比較した。
結果は表1の通りである。この表では自殺との関連が疑われる指標を行ごとに示し、列に性別の自殺者数との相関係数、解釈を記載している。相関係数とは、ある数字が同じ時期の数字とどの程度関係しているかを示す指標で、片方の指標が増えればもう片方も増えるという関係を示し、係数が1に近づくほど相関が高い。
まず、OTC医薬品の年間販売額の増加は女性の自殺者数増加とのみ有意に相関していた。いじめ重大事態の年間件数の増加は、女性の自殺者数増加と強く相関していた。小中学生の不登校者数の増加は、男女の自殺者数と相関しており、特に女性の自殺者数増加と強い相関を認めた。高校生の不登校者数増加は男女とも自殺者数推移と有意な相関はなかった。
スマートフォンの利用率増加は男女とも自殺者数増加と有意に相関していた。自殺未遂歴増加は女性の自殺者数の増加と強く相関していた。
ただし、ここでいう相関とは、統計学的に同時に数が変化しているという意味で、必ずしも直接の原因を意味しているわけではないことに注意を要する。
子どもの自殺はなぜおこるか
自殺を予防するためには、自殺リスクを上げる危険因子を減らし、リスクを下げる保護因子を増やすことが重要とされる。
子どもの自殺の危険因子には、精神疾患、自殺企図歴、自傷歴、孤立、家族背景(家族の自殺歴、家族関係の不和、虐待体験)、ネガティブなライフイベント(学校不適応、いじめ、喪失体験)、メディアの影響(報道、SNS、アニメ)があげられている。また自殺の保護因子には、家族のつながりの強さ、学校での良好な対人関係があげられている。
さらに、アメリカのジョイナー博士が提唱している自殺の対人関係理論では、人は、「自分が周りに迷惑をかけている」という自己負担感の増大と「自分が孤立している」という自己所属感の減弱があれば自殺願望が高まり、これに自殺する能力や手段が加われば自殺行動が生じるという。
今回の分析結果にこれらの学説を適用すると、近年の子ども、特に女子は家族関係、学校の対人関係のストレスからうつになって自己負担感を生じやすく、また小中学校で不登校となり、孤立すれば孤独感、すなわち自己所属感の減弱も生じやすい。
このような中でスマートフォンの利用は、SNSなどを通して飛び降りやオーバードーズの情報を容易に入手し、具体的に模倣できる。いじめや自殺未遂の増加に周囲の大人たちが十分対応できなければ、不幸な結末が増える。こうして、子どもの自殺が増えているのではなかろうか。
子どもの自殺をどのように予防するか
ここまでの分析を手掛かりに、子どもの自殺をどのように予防すべきか、いくつかのアイデアがみえてくる。
絶対に子どもの自殺を止めたいのであれば、第一の方法として、子どものスマートフォンの所持、SNSの利用、OTCの販売を制限し、高層建物や駅には飛び降り・飛び込み防止の物理的対策を講じるべきである。しかし、今日の社会状況でこのような対策を徹底することは経済的・政策的に困難であろう。
第二の方法として、自殺手段に関するセンセーショナルなメディア報道は、可能な限り自制し、より前向きなメッセージを表現するべきだろう。
子どもは、無意識に他者の影響を受ける被暗示性が高く、共感する子どもの自殺がセンセーショナルに自殺手段とともに報じられれば、社会的学習によってその行動を容易に模倣する。オーバードーズの歌が巷に流行り、女子高生の自殺の案件が具体的にネットで報じられれば、情報は数千倍に拡散して、子どもの自殺を増やす。
現在学校で実施されているスマートフォン利用を含むインターネットリテラシー教育には、自殺に関連する有害情報への対応項目がない。欧米では、SNSを使う子どももメディア発信者であるとして、ネット上で利用者が死にたくなった時に行うこと、友人に死にたいといわれた時の対応など、自殺予防の手法を教える教育が始まっているという。
第三に、自殺未遂者の再企図防止や、子どものうつ病の早期発見・早期治療に本腰を入れる必要がある。
このためには、絶対数の少ない児童精神科医やカウンセラーの養成拡充、子どもの自殺予防の多職種チームの編成など、医療と行政に予算をつけて機動的な支援体制を整備していくこと、また家庭や学校で大人が子どもたちと積極的なコミュニケーションをとり、孤立・孤独にある子どもたちの声を聴くスキルを身につけることが必要である。
子ども向けにSOSの出し方教育や、タブレット型端末やSNSの相談窓口を支援する試みも盛んではあるが、精神科臨床で出会う死にたい子どもの多くは、親や教師など、そもそも身近な周囲の大人に気持ちを話す時間をもらえないことや、話しても理解してもらえないこと、関係をあきらめていることを訴える。
今や親の共働きが当然の家庭で、学校不適応から不登校となった子どもは、誰もいない家でゲームをし、適切な支援がなければ孤立するほかはない。これらの子どもに我々が実施することは、本人の話を真剣に聴き、大人と子どもの、あるいは子ども同士のつながりをほぐし、彼らの居場所を考えることだが、これには大変な時間と労力がかかる。一度傷ついた子どもの心を回復させるのは、専門家でも容易ではない。
現在、「自殺対策基本法の一部を改正する法律」案が厚生労働委員長から提出されており、子どもに関わる自殺対策に社会全体で取り組むこと、学校が責務として子どもの自殺に取り組むこと、心の健康教育と啓発の推進、自殺未遂者への医療支援体制整備、自治体での関連機関協議会設置、子ども家庭庁の所掌業務としての位置づけなどが提案されていると聞く。
しかし、子どもの自殺が増加しているという事実は、サン・テグジュペリの「星の王子様」に書かれているように、小手先の大人の対策が子どもの自殺予防には無効であること、子どもの目線からみた生きるための想像力が、自殺予防に必要なことを示している。
<執筆者略歴> 太刀川 弘和(たちかわ・ひろかず) 1967年生。1993年筑波大学医学専門学群卒業、博士(医学)。筑波大学附属病院、茨城県精神保健福祉センター、茨城県立友部病院、筑波大学保健管理センターを経て、2019年より筑波大学医学医療系臨床医学域災害・地域精神医学教授
青年期精神医学、災害精神医学、自殺予防学が専門。様々な時事問題に隠れるメンタルヘルスの諸相を、個人と社会の相互関係から考察する。茨城県災害・地域精神医学研究センター部長、日本自殺予防学会理事も務める。
著書に「つながりからみた自殺予防」(人文書院)など。
【調査情報デジタル】 1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。