日本はいま、1860年代以来の歴史的な岐路に立っている。
生産年齢人口は年間数十万人規模で減少を続け、国力の根幹が揺らいでいる。女性活躍は叫ばれて久しいが、指導的地位への登用率は依然として先進国最低レベルだ。高齢化した政治エリートが既得権益にしがみつき、年功序列が革新を阻む。一方で、中国・ロシア・北朝鮮という権威主義国家群は結束を固め、戦後国際秩序の破壊を目論んでいる。
さらに深刻なのは、最重要同盟国アメリカの変質である。トランプ政権下で内政・外交両面での劇的な転換を遂げたアメリカは、日本にとってもはや予測不能な存在となった。東京が最も恐れるシナリオは、習近平とトランプによる「グランドバーゲン」で日本が見捨てられることだ。
この未曾有の危機に直面して、例えば、明治維新を実現した志士のような革命的リーダーを求めるのは無理な話だろう。そもそも現代の政治家が直面する制約、つまり複雑な民主的意思決定プロセス、グローバル化した経済、SNS時代の世論形成は、明治期とは比較にならない。
いま必要なのは、現実的な制約の中で最善を尽くす「実務型リーダーシップ」と、国民に明確なビジョンを示す「理念」の両立だ。
筆者が考える、現代日本の総理に求められる資質と原則は以下の3つである。
第一に、人口減少社会への適応戦略である。移民受け入れの是非論を超えて、縮小する社会でも豊かさを維持する新たな経済モデルの構築が急務だ。AI・ロボティクスの積極活用、高付加価値産業への転換、社会保障制度の抜本改革を含む包括的ビジョンが必要となる。
第二に、流動的な国際秩序に対応する力だ。米中対立の狭間で、日本は独自の戦略的自律性を確保せねばならない。これは反米でも親中でもなく、日本の国益に基づいた重層的な外交ネットワークの構築を意味する。
第三に、社会の多様性への寛容さと人口動態の現実に関する正直な対話である。ジェンダー平等、世代間公平性、外国人との共生など、21世紀の課題に正面から立ち向かう勇気が求められる。にもかかわらず、ここに重大な断絶がある。日本企業の98%が外国人労働者の緊急的必要性を認識しているにもかかわらず、自民党総裁候補たちは移民問題を難民、オーバーツーリズム、外国人労働と意図的に混同している。日本の現在、近未来、遠い将来において持続可能な経済を維持するために外国人労働者が必要だという真実を国民に正直に語る代わりに、犬笛政治に逃げ込んでいる。この不誠実さが、日本が切実に必要とする合理的な政策論議を妨げている。伝統的価値観の尊重と社会変化への適応の両立には、何よりも日本の人口動態的現実についての誠実さが求められる。
現在の自民党総裁選の主要3候補が首相になった場合、日本にはどんな未来が待ち受けるのか、ネガティブ、ポジティブなケースの両方を予測してみた。
国際的孤立と社会分断の深刻化 vs 安全保障態勢の強化と女性リーダーシップの象徴
▼ネガティブシナリオ:
高市氏が首相になった場合の最大のリスクは、イデオロギー優先の政策運営だ。現実的な経済的相互依存を無視した対中強硬路線は、破滅的な結果を招く。中国は日本の輸出の20%、輸入の25%を占める最大の貿易相手国である。半導体材料、レアアース、医薬品原料など、代替困難なサプライチェーンでの依存度は特に深刻だ。経済安全保障の名の下での性急なデカップリングは、1970年代の石油ショック以上の混乱を日本経済にもたらしかねない。
内政では、高市氏の文化戦争が社会を二分する。同性婚反対、夫婦別姓拒否、ジェンダー平等への消極姿勢は、Z世代の政治離れと海外流出を加速させる。すでに日本の優秀な若者の3分の1が「海外で働きたい」と答える中、保守的な社会政策は頭脳流出を決定的にする。企業のダイバーシティ推進とも衝突し、グローバル企業の日本離れを招くリスクもある。
外交面では、歴史問題での強硬姿勢が東アジアでの孤立を深める。韓国との関係改善の芽を摘み、ASEANからも「日本は過去に囚われている」との批判を受ける。欧州からは人権後進国と見なされ、G7での発言力が低下する。
首相就任後100日から1年のシミュレーション(ネガティブ編):
就任早々の靖国参拝で中韓が猛反発、外交関係凍結。対中輸出が30%減少し、製造業が悲鳴。若者の支持率10%台、大規模デモ発生。企業の海外移転加速。1年後には党内からも批判噴出、早期退陣の声。
▼ポジティブシナリオ:
しかし、高市氏には日本初の女性首相として歴史的かつ象徴的価値がある。男性支配的な日本政界に風穴を開け、「ガラスの天井」を打ち破ることで、次世代の女性たちに希望を与える。国際的にも、保守的なアジアの国から女性リーダーが誕生したことは大きなインパクトを持つ。
安全保障面では、台湾有事への明確な準備姿勢が抑止力を高める。中国の軍事的冒険主義を抑制し、地域の安定に貢献する。経済安全保障の専門知識を活かし、戦略的自律性と経済的現実のバランスを取ることができれば、新たな日本モデルを示せる。
党内基盤の強さも重要だ。安倍派の支持を背景に、安定した長期政権を築く可能性がある。日本の「回転ドア首相」の悪循環を断ち切り、一貫した政策を推進できる。
首相就任後100日から1年のシミュレーション(ポジティブ編):
女性首相誕生で国際的に注目され、タイム誌の表紙に。実務的な安保政策で米国の信頼獲得。経済安保は段階的アプローチで産業界と調整。文化問題は棚上げし、経済と安保に集中。女性の党内登用を進め、自民党改革の象徴に。支持率は50%台を維持、長期政権の基盤確立。
ポピュリズムの罠と外交的漂流 vs 世代交代と環境立国への転換
▼ネガティブシナリオ:
小泉氏の最大の弱点は、実質なきパフォーマンス政治への傾斜だ。環境問題での理想主義的アプローチは、エネルギー安全保障を無視した脱炭素政策として表れる。原発全廃と再エネ100%を掲げるが、現実的な移行計画なしには電力不足と料金高騰を招く。製造業の国際競争力は失われ、産業空洞化が加速する。
外交では、その場の雰囲気で発言が変わる一貫性のなさが致命的だ。ワシントンでは同盟強化を約束し、北京では経済協力を強調、しかし具体的行動が伴わない。この「八方美人外交」は、すべての国から信頼を失う結果となる。特に安全保障問題での曖昧な態度は、台湾有事での日本の立場を不明確にし、地域の不安定化を招く。
メディア対策の巧妙さは諸刃の剣だ。SNSでの発信力は高いが、実績が伴わなければ「中身のない政治家」とのレッテルが定着する。ステルスマーケティング問題のような倫理的スキャンダルへの脆弱性も高く、一度の失敗で政権が崩壊するリスクがある。
首相就任後100日から1年のシミュレーション(ネガティブ編):
脱原発宣言で電力危機、計画停電実施。製造業が悲鳴を上げ、GDP2%マイナス成長。外交では具体的成果なく、「口だけ番長」と揶揄。何かしらのスキャンダル発覚で支持率20%に急落。党内から「若すぎた」との声、1年で退陣圧力。
▼ポジティブシナリオ:
一方で、小泉氏の若さとカリスマ性は、日本政治の世代交代を象徴する。40代の首相誕生は、高齢化した政治エリートへの挑戦状となり、若い世代の政治参加を促す。彼の環境重視は、日本を「グリーン技術大国」へと変貌させる可能性を秘めている。水素エネルギー、電気自動車、省エネ技術での世界的リーダーシップを確立できれば、新たな成長戦略となる。
コミュニケーション能力の高さは、国民との距離を縮める。複雑な政策を分かりやすく説明し、国民的合意形成を促進する。特に若い世代との対話を通じて、彼らの政治への関心を高め、民主主義を活性化させる。
国際的にも、コロンビア大学大学院政治学部修了の英語力と、若さは大きな武器だ。G7サミットでマクロン仏大統領やトルドー加首相と対等に渡り合い、新しい日本のイメージを発信できる。
首相就任後100日から1年のシミュレーション(ポジティブ編):
気候変動対策と経済成長を両立させる「グリーンニューディール」で10兆円投資、新産業創出。若者の投票率70%に上昇、政治への関心復活。国際会議で環境リーダーシップ発揮、COP会議を東京誘致。支持率60%維持、「令和の改革者」として定着。異例の若さでの安定政権実現。
対中宥和による安全保障の空洞化 vs バランス外交による経済繁栄
▼ネガティブシナリオ:
林氏の「親中派」レッテルは、現在の地政学的環境では致命的ハンディキャップとなる。首相就任と同時に、ワシントンから「信頼できない同盟国」との烙印を押される。米国は機密情報の共有を制限し、先端技術での協力も停滞する。ファイブ・アイズへの参加は永遠に閉ざされ、インド太平洋戦略からも疎外される。
国内では、尖閣諸島周辺での中国の活動がエスカレートしても、有効な対抗措置を取れない。「対話と協調」を繰り返すだけで、実効支配が徐々に侵食される。台湾有事への備えも遅れ、「日本は中国の属国化している」との批判が高まる。保守層からの反発は激しく、自民党内で早期退陣論が噴出する。
経済面でも、対中依存からの脱却が進まない。むしろ「経済は経済、政治は政治」との詭弁で、戦略物資の中国依存を深める。サプライチェーンの脆弱性は放置され、次なる経済ショックへの耐性を失う。
首相就任後100日から1年のシミュレーション(ネガティブ編):
就任直後の訪中で「戦略的互恵関係」復活を宣言、米国が激怒。日米2プラス2が事実上機能停止。尖閣で中国公船が領海侵入を常態化、実効支配に疑問符。党内保守派が造反、内閣支持率30%割れ。1年を待たずに退陣表明。
▼ポジティブシナリオ:
しかし、林氏の深い国際経験と人脈は、複雑な国際環境をナビゲートする上で貴重な資産となる。中国との「戦略的競争関係」を管理しながら、不必要な対立を避ける現実主義的アプローチは、経済的利益を最大化する。日中貿易は安定し、日本企業の中国ビジネスも継続できる。
米国に対しては、具体的な防衛力強化と技術協力で信頼を回復する。「親中」イメージを払拭するため、防衛費GDP比2%を早期実現し、共同訓練も拡大する。バランスの取れた外交で、米中双方から一定の信頼を得る。
知中派としての知見を活かし、中国の真の意図を読み解く。表面的な対立ではなく、戦略的な競争管理で日本の国益を守る。ASEANとの関係も強化し、「自由で開かれたインド太平洋」の実質的推進者となる。
首相就任後100日から1年のシミュレーション(ポジティブ編):
慎重な対中アプローチをすることで緊張緩和、経済関係は安定。同時に日米同盟深化、防衛費増額で米国の懸念払拭。「競争的共存」モデルを確立、G7でも評価。実務能力で党内掌握、派閥横断的な支持獲得。地味だが堅実な政権運営で3年は継続。
理想を言えば、茂木・林両氏の経験と才能、小林氏の野心と知性と将来性、小泉氏のカリスマ性を兼ね備えた女性の自民党総裁(首相)が最善だろう。だが、それはない物ねだりだ。我々は理想の候補ではなく、現実にいる候補の中から選ばなければならない。
日本には、少なくとも4~6年は権力の座にあって、5年、10年、20年後の日本のあるべき姿とそこへの道筋について、前向きで正直で明確なビジョンを持つ指導者が必要だ。
これらの基準と上記のシミュレーションに基づけば、さまざまなリスクを抱えながらも、「高市早苗首相」は日本の高度に男性優位な社会における象徴的変化のアイコンとなる可能性はあるだろう。
彼女は党内での経験を持ち、日本が「裏庭」で直面する重大な課題に対処するために必要な保守的な資質を備えている。また、国の顔がくるくる変わる「回転ドア首相」のサイクルから脱出する可能性が最も高い。競争相手の優れた能力を取り入れ、国内の文化的問題では柔軟な姿勢を示すことができれば、持続可能で結果重視のリーダーシップの可能性を高めることができるのではないか。それにより、より幅広い支持を獲得し、人の名前や誰と結婚するかは、日本が直面する真の課題に取り組むことほど重要ではないことを示すことができるだろう。
高市氏が勝利した場合、彼女の成功の鍵は以下の点にある:
1.林氏を外相に起用し、対中関係の現実的管理を任せる
2.小泉氏を環境相として、若い世代へのアピールを図る
3.文化戦争を避け、経済と安全保障に集中する
4.女性の登用を進め、実質的な変化を示す
5.5年、10年、20年の具体的ビジョンを国民に正直に語る
重要なのは、誰が総裁・総理になろうとも避けられない構造改革に、どう取り組むかだ。
例えば、人口動態・財政の持続可能性・安全保障など、日本の現在と将来の課題、そして前途に待ち受ける厳しい選択について正直に語る指導者を選ばなければならない。
前途に待ち受ける課題の規模について有権者を故意に欺くのではなく、外国人労働者の必要性、現在の年金水準を維持することの不可能性、不安定な世界における安全保障の真のコストなどについて国民に誠実に語り、議論に臨む姿勢は必須だ。
どの候補が首相になろうとも、彼らの「危険なシナリオ」を回避し、ポジティブな可能性を実現するには、国民の監視と参加が不可欠だ。
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(国際基督教大学 政治学・国際関係学教授 スティーブン・R・ナギ)