熊本県教育委員会の天草教育事務所(天草市)で勤務していた男性職員(当時51歳)が2023年に過労自殺したことを受け、県は10日、「勤務時間や健康管理についての安全配慮義務を怠った」として男性の遺族に謝罪したうえで解決金約1億円を支払うことで遺族側と合意し、和解した。遺族は「これで全て解決したという認識ではない。再発防止策が徹底されているか注視したい」としている。
男性の妻(55)や遺族側代理人によると、男性は1996年、熊本県教委に教員として採用され、中学校で数学を教えるなどした。その後、中学校の教頭や県内の別の教育事務所の指導主事を経て、22年4月から天草教育事務所で管理主事として勤務していた。
教育事務所は県内9カ所にあり、各事務所の管理主事は原則1人。管内の教職員の人事管理など業務は多岐にわたり、男性は赴任直後から多忙を極めた。パソコンの履歴によると、22年4月の時間外労働は185時間。その後も休日は月1~2日程度で、時間外労働が月100時間を大幅に上回ることが多かった。
男性は22年の10月と12月、産業医の面接指導を受けた。12月22日の面接で、医師から「長時間勤務が続いており、疲労による心身の不調が表れています。業務上の負担が大きいと思われ、人員の増加が不可欠と考えます」と指摘されたが、年末年始も12月30日~23年1月1日に休んだだけで、翌2日から仕事に戻った。男性は1月9日、単身赴任していた職員住宅で命を絶った。
24年3月に公務災害(労災)に認定され、遺族側は県に対し、男性が亡くなった経緯の内部調査や、それを踏まえた謝罪、解決金の支払いを求めてきた。
県教委は25年3月にまとめた内部調査書で、男性の自殺は「過労死ラインを超える長時間労働が主要な原因だった」とした。さらに、男性が命を絶った22年度に県内の管理主事の平均残業時間が月104時間(パソコン起動時間)に上っていたことから、「長時間労働を事実上黙認する組織風土が広がっていたと猛省する必要がある」と指摘した。
男性の妻は10日、県庁で県との合意書に押印した後、長女(23)とともに記者会見し、「健康管理が全くされていないことにとてもショックを受けた。県には職員の命を預かっているという自覚、危機意識をしっかり持っていただきたい」と訴えた。
管理主事は人事情報を扱い、業務の秘匿性が高いことから各教育事務所に原則1人としてきたが、県教委は23年度から同等の業務を行う職員を各事務所に1人ずつ増やすなどした。
遺族側の代理人を務める松丸正弁護士(大阪弁護士会)は「学校で働く教員だけではなく、教員人事を担当する職員にも長時間労働が広がっている実態が明らかになった。2度の産業医面接が機能していなかったことも大きな問題だ」と話した。【戸上文恵】