知床沈没事故で兄を失い、社長へぶつけた怒り「あなたの判断・指示が違っていれば生きていた」

17日に判決
北海道・知床半島沖で2022年4月、乗客乗員26人が死亡・行方不明となった観光船「KAZU I(カズワン)」の沈没事故で、業務上過失致死罪に問われている運航会社「知床遊覧船」社長・桂田精一被告(62)に17日、釧路地裁で判決が言い渡される。「なぜ命を落とさなければならなかったのか」。事故で兄の伊藤嘉通さん(当時51歳)を亡くした福岡県の男性(53)は、今も気持ちの整理がつかない。(北海道支社 岡絃哉)
「あなたの判断や指示が違っていれば、今も私たちの家族は生きていたと思いませんか」
3月4日に開かれた第10回公判。被害者参加制度を利用して法廷に立った男性は、無罪を主張している桂田被告に直接、思いをぶつけた。「そうだったかもしれません。申し訳ございません」。返ってきた言葉に男性はこみ上げてくる涙をこらえた。
兄は外食チェーンで働き、休日は趣味のキャンプや旅行を楽しんでいた。事故の約1年前に男性が両親と暮らす福岡県の実家に戻った。時には酒を酌み交わし悩み事の相談にも乗ってくれる頼れる存在だった。母親からの電話で事故を知り頭が真っ白になったが、兄の遺体と向き合い、初めて現実だと認識した。
職場の同僚との旅行中だった兄の足跡は、自宅に置いてあったタブレット端末に記録されていた。
兄のスマートフォンのGPS情報をたどると、網走市から観光船が出発した斜里町のウトロ漁港に向かい、海上へ出て知床岬で折り返した後、沈没地点の半島西側の「カシュニの滝」付近で途切れていた。「ここで冷たい海に投げ出されたのか」。兄の無念を思うと、悔しくて悔しくてたまらなかった。
昨年11月、桂田被告の裁判が釧路地裁で始まると、男性は福岡から法廷に通い続けた。
「自分のどこに責任がありますか」。3月の公判で男性が投げかけた問いに「経営者として安全管理に問題がなかったか、4年弱熟考してきたが、やはり至らなかった」と答えた桂田被告。大切な人を失った家族への気持ちを聞かれると、「申し訳ないという一言に尽きる」と述べた。安全第一で考えていたか問われると、「私なりに考えていたがとんでもない事故を起こしてしまった」と語った。
兄を近くに感じたくて、男性はキャンプ用に兄が購入した車を受け継ぎ、キャンプ道具や靴も車内に積んだままだ。それでも、仕事から帰るとさみしさがこみ上げる。いつも大きな声で「おかえり」と迎えてくれた兄は戻ってこない。
「この事故は偶然起きた事故ではない。防ぐことが出来たと社会全体に伝わってほしい。二度と悲惨な事故が起きなくなるような判決が聞きたい」
◆観光船「KAZU I」沈没事故=2022年4月23日、乗客乗員26人を乗せた観光船が北海道斜里町のウトロ漁港を出た後、知床半島沖で沈没した事故。不具合のあった船首のハッチの蓋が荒天による揺れで開き、海水が流入したのが原因だった。
社長の「予見可能性」争点
裁判では検察側が法定刑上限の禁錮5年を求刑し、弁護側は無罪を主張している。争点は業務上過失致死罪の成立に不可欠な事故の「予見可能性」だ。操船していない社長が事故を予見できたかどうかで、検察側と弁護側の主張は対立している。
起訴状では、安全統括管理者で運航管理者でもあった桂田被告が、天候悪化に伴う死傷事故が起きる恐れがあったのに、気象情報を把握して出航や運航の中止を指示する義務を怠り、事故を招いたとしている。
被告の出航判断について検察側は、当時は運航会社の運航基準を上回る「風速15メートル」「波高2~2・5メートル」の強風・波浪注意報が出ていたと指摘。現場海域が荒れやすいことは周知の事実で、被告は乗客が死傷する危険性を「容易に予見できた」とする。弁護側は「船長から『海が荒れる前に引き返す』と聞いていた」として、予見可能性を否定する。
また、弁護側は浸水を防ぐハッチの蓋に不具合がなければ船は沈没せず、被告は不具合を把握していなかったため事故を予見できなかったとする。検察側は被告の出航判断自体が問題で、不具合に対する被告の認識を根拠にした弁護側の主張には理由がないとしている。

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