国立大「学費値上げ」議論過熱 物価高騰、私大からも「格差是正のため150万円に」の声

国立大学の「学費値上げ」を巡る議論が過熱している。物価の高騰によって大学経営は苦境に立たされ、競争力のある研究が困難になりつつある。一方、学生側には経済的な不安で進学が難しくなるのではないかという声もあり、大学教育はジレンマに直面している。
「進学が困難に」
「もう限界です」。国立大学協会が6月に開いた記者会見。会長の永田恭介・筑波大学長は国立大の財務状況の苦しさを訴える声明を発表した。
国立大は平成16年に法人化され、国からの運営費交付金や寄付金など外部資金によって経営されている。しかし、国立大学法人化以降の10年間で運営交付金は約1割減少。加えて、物価高や円安、人件費の増加なども重なり実質的に予算は大幅に減っている。
こうした状況に対し、声明では、大学の「産業、教育、医療、福祉などに十全の責務を負っていく覚悟」を強調し、国民に予算増額などの「理解と共感」を求めた。
同協会の動きに連動するかのように東京大も6月、ホームページ上で授業料の改定を検討していることを表明。国立大の授業料は国が年53万5800円の「標準額」を定めており、20%までの増額を認められている。東大は64万2960円の上限額への値上げも視野に検討しているという。
東大教養学部生らでつくる学生自治会が東大生らを対象にアンケート(約2300人回答)を行ったところ、進学資金が足らずに入学を断念したり、学費を工面できなくなって退学を余儀なくされたりするなどの恐れを理由に、約9割が学費値上げに「反対」した。
自治会の理事長を務める教養学部2年のガリグ優悟さん(20)は「学生不在の議論で憤りを感じる」と訴え、「これから入学する学生や、現役の学生が今後大学院への進学が難しくなるのでは」と懸念を示す。
学費値上げを検討する動きは、熊本大などにもみられ、各地に広がっている。
学生獲得の競争激化
一方、大学生の約8割が通う私立大学からも、国立大の学費値上げを求める声が上がっている。
「国立大の学納金(授業料)を年150万円程度に設定してもらいたい」。3月の中央教育審議会特別部会に出席した慶応義塾の伊藤公平塾長はこう呼びかけた。
私立大の授業料平均は年95万9205円(令和5年度)と国立大の約2倍の水準となっている。
少子化の影響により、大学間の学生獲得競争が激化しつつあり、この学費の差は国立大を優位に立たせる。国立大の学費値上げによって、私立大は「公平な土壌で建学の精神に基づく経営努力に取り組むことができる」(伊藤氏)という。
国立大の学費値上げと併せて論点となっているのが、奨学金など就学支援制度の拡充だ。伊藤氏の提案でも「国公私大を通じて共通の土壌で整備する」とされている。しかし、公的な奨学金制度はこれまでも対象者の幅の狭さなどが指摘されており、大幅な見直しが必要となりそうだ。(梶原龍)

奨学金、大学生の半数利用
奨学金制度は、国立大学の「学費値上げ」と併せて議論されている。日本学生支援機構によると、令和4年度に同機構以外の制度も含めて奨学金を受けている学生は学部生で55%、院生(修士課程)で51%に上る。
奨学金は返済不要の給付型と、返済が必要な貸与型に分けられ、貸与型には利子があるものとないものがある。大学生らの3人に1人が利用する同機構では、給付型は全体の約2割(4年度)で、大半は貸与型だ。
貸与型の利率は近年1%以下。有利子の場合、学部生平均は総額337万円で、平均的な返還年数は17年となっている。
一方、給付型の対象となるのは世帯収入が約380万円までの低所得層に限定される。入学後の成績によっては支給が打ち切られる場合もある。
今年度からは、対象となる世帯年収が約600万円までに拡充され、中間所得層が利用できる給付型の枠が新設された。しかし、利用できるのは多子世帯や理工農系分野に進む学生に限られており、進学希望者には対象の拡大を求める声も目立っている。

少ない公費負担が根本原因
小林雅之桜美林大特任教授(高等教育論)
国立大学の財務状況が悪化している原因は、運営費交付金を含めた公費負担が少なすぎることが根本的な問題だ。
東京大や京都大といった競争力のある旧帝国大などは外部資金を得やすいが、地方にある大学は資金が集まりにくく、とりわけ文系の大学は厳しい状況だ。しかし、地域の学生に教育機会を提供する役割を担っているため、ほとんど値上げをせずに運営してきている。
国立と私立の授業料の差は以前から議論されており、私立大側はこの数十年来、国立大の授業料値上げを求めている。
学費値上げに伴って奨学金制度の拡充は不可欠だ。日本学生支援機構の給付型奨学金の対象は低所得層が中心で、値上げの影響を受けやすい中間層が取りこぼされている。資金力のある大学は独自の奨学金制度を備えているが、補えきれていないのが実情だ。
諸外国に比べ、日本では教育費を親が負担すべきだという考え方が根強く、公費負担には抵抗感が強いことも要因としてあげられる。大学教育は国民全体での議論が必要だ。(談)

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