「進次郎首相」を自民党の延命装置にするのか…最後の総裁選・石破氏が秘かに期待する”キーパーソンの名前”

ポピュリズム(大衆迎合)が幅を利かせる自民党総裁選が展開されている。岸田文雄首相(自民党総裁)の退陣表明(8月14日)を受けた後継総裁選(9月12日告示―27日投票)は、11人が出馬表明したり、意欲を示したりし、大混戦の様相を呈してきたが、最終決戦に至る構図は見えつつあるのではないか。
自民党員・党友を対象にした情勢調査で先行する石破茂元幹事長と小泉進次郎元環境相(ともに無派閥)が、国会議員票も積み上げて決選投票に進出し、比重を増す国会議員票で小泉氏が競り勝つかどうかというストーリーである。過去の総裁選では、有力候補が失言などで失速したこともあり、あくまで現時点の予測だが……。
今回の総裁選は、決選投票をにらんで勝ち馬をどう作り、主流派をどう形成するかの駆け引き、第1回の投票で3位以下に沈む陣営をどう取り込むかという多数派工作の動きが複雑に絡み合う。
無派閥・菅グループを束ねる菅義偉前首相と、麻生派を率いる麻生太郎副総裁の新旧キングメーカーの争いが決着する場でもある。現時点では、小泉氏を支援し、石破氏とも気脈を通じる菅氏が、河野太郎デジタル相を擁立する麻生氏を相手に有利に戦いを進めており、主流派と非主流派が入れ替わる「疑似政権交代」が起きようとしている。
自民党総裁選に向けては、8月19日に小林鷹之前経済安全保障相(二階派)が先陣を切って出馬表明し、石破氏が24日、河野太郎デジタル相(麻生派)が26日に出馬を表明した。
続いて、林芳正官房長官(岸田派)が9月3日、茂木敏充幹事長(茂木派)が4日、小泉氏が6日、高市早苗経済安全保障相(無派閥)が9日に出馬表明した。今後、加藤勝信元官房長官(茂木派)が10日、上川陽子外相(岸田派)も11日に出馬表明を予定している。
麻生派を除く派閥が解散を決定し、従来のような派閥による縛りや括りがほぼ解け、中堅・若手が候補擁立や支援に動きやすくなったことで、候補数は9人と過去最高になる。総裁選は今回、国会議員票367票と同数の党員票の計734票で争われ、過半数の票を取る候補がいない場合は国会議員票に都道府県連代表の47票を加えた414票で決選投票が行われる。
9月5日に報じられた日本テレビの党員・党友調査(3、4日)によると、誰を支持するか尋ねたところ、トップは石破氏の28%、2位は小泉氏の18%、3位は高市氏の17%で、以下は上川氏7%、小林氏5%、林氏4%、河野氏ら3%などの順だった。「決めていない・分からない」も10%いる。
石破氏と小泉氏の10ポイント差は、党員票換算すると、40票弱に相当する。各メディアの世論調査による自民党支持層からの人気度と比較すると、石破氏が意外に強く、高市氏も健闘している。2021年の総裁選で党員票トップの44%を得た河野氏は精彩を欠く。 第1回投票では議員票が割れることを考えると、決選投票に向け、石破、小泉両氏を高市氏が猛追して行くと見ていいだろう。
8月26日の読売新聞世論調査では、総裁選で特に議論してほしい政策や課題について聞いている。「経済対策」が29%で最も多く、「年金など社会保障」が23%、「少子化対策」が14%、「政治とカネ」が14%、「外交や安全保障」12%、「憲法改正」4%だった。
だが、総裁選を前に始まった議論は「政治とカネ」という内輪の問題だった。石破氏が8月24日の出馬表明で「ルールを守る自民党を確立する」と語ったうえで、派閥の政治資金規正法違反事件で4月に党紀委員会による処分を受けた議員らの公認の是非については「公認にふさわしいかの議論は選挙対策委員会で徹底的に行われるべきだ」と述べ、非公認の可能性にも言及したのだ。
不記載議員は党所属議員の2割に当たる82人で、党はそのうち2018年から5年間で500万円以上だった39人(うち安倍派36人)を処分した。岸田首相が一連の政治とカネの問題の責任を取って退陣し、総裁選で新生自民党の中身を議論するとの絵を描いたにもかかわらず、石破氏はこの問題を蒸し返したと言える。
河野氏も続いた。26日の出馬表明の記者会見で、政治資金収支報告書に不記載があった議員に対し、「不記載の金額を返還(返納)してけじめとする」との独自の見解を明らかにした。「(返還で)けじめがつけば、党の候補として国民の審判を仰ぐことになる」とも述べ、選挙で公認する考えを示した。だが、法的根拠や返還先も明確ではなく、思いつきをそのまま口にしたという印象は否めない。
石破、河野両氏の発言は、小林氏が8月11日のフジテレビ番組で、党の処分を免れた安倍派議員らまで党や国会のポストから外している現状を修正すべきだと主張し、党内外から批判されたことを意識したのかも知れない。
石破氏の公認問題発言に対しては、二階派事務総長だった武田良太元総務相が8月26日配信のインターネット番組で「一事不再理という言葉があるように、党紀委員会で決定された処分を再度新しい組織にかけるべきではない」と述べ、疑義を唱えた。
武田氏自身は不記載額1172万円で、党の処分で党役職停止1年となったが、「皆さん社会的制裁も受けてきたし、有権者にお詫びをして、その教訓を胸に抱きつつ、次の時代の国家をどう考えていくのかということにシフトしなければいけない。この問題の対応を続けることが国益になるとは思わない」とも指摘した。
石破氏は、翌27日に党本部で記者団に「公認権は総裁が持っている。国民にどういう判断をしたか、その所以を説明する」と語ったが、二重処罰の禁止という一事不再理の原則を理解しているようには思えない。党紀委員会による処分には「選挙の非公認」というカテゴリーもある。それより軽い処分を受けた議員もその対象にするのか、という疑問にも答えられていない。
河野氏の返還発言に対しては、党役職停止6か月の党処分を受けている衛藤征士郎元衆院副議長(安倍派)が27日、河野氏と会い、「不記載となった派閥からの還付金は個人が汗をかいて集めた資金だ。返還しろと言っても、どこに返還するのか」と疑問を呈した。安倍派の議員の気分を表したものだろう。
茂木幹事長は27日の記者会見で、6月に成立した改正政治資金規正法は不記載分相当額の国庫納付を例外的に認めているが、「過去に遡及することはなかなか難しい」と述べ、河野発言に否定的な考えを示した。
これに対し、河野氏は28日のテレビ朝日の番組で、政治資金収支報告書の不記載額を議員が派閥に返還した上で、派閥が解散する時に国庫に納付すべきだとの考えを改めて示したが、党内外の共感を得られていない。
石破氏は「政治家生活の集大成」「最後の戦い」と位置付けるが、5度目の挑戦ながら、依然として、推薦人20人を確保するのに汲々とし、二階派などから数人借りている。
同僚議員にこれほど疎まれるのはなぜなのか。時の政権に後ろから鉄砲を撃つような言動、仲間と飲み食いするより宿舎に帰って本を読むという政治スタイルが受け入れられないことは知られている。旧石破派・グループ(水月会)を脱会した議員からは「総裁選で支援しても、感謝の言葉がない」「カネとポストの面倒は見ない、と広言している。付いて行けない」との理由が聞こえてくる。
石破氏と接点がある閣僚経験者らは「政策にこだわりがあるから、一緒にやれないことがある」「演説はできても、議論ができない。リーダーとしては致命的だ」「石破が政権を運営したら、無茶苦茶になる。想像もしたくない」と評する。散々である。
石破氏が5月14日夜、都内の日本料理店で、小泉純一郎元首相、山崎拓元副総裁らと会食した際、小泉氏は石破氏に「首相になるには才能、努力、運が必要だ。努力の中では義理と人情を大切にしなさい」と諭したという。石破氏も「足らざるところ」と認めている。
こうした石破氏に推薦人を貸してでも総裁選に出馬させるのは、党内の一部に、世論調査で次の総裁に20%もの人たちが名前を挙げている以上、その人気を党の再生に使わない手はない、という強かな計算があるのだろう。
河野氏の挑戦は3度目だ。麻生派をバックに総裁選に臨む。8月26日の記者会見で「総裁選後の人事に派閥を介入させないことが大事だ」と訴えたが、派閥への批判が高まる風潮では支持の広がりを欠く。
持ち前の突破力も、マイナカード、マイナ保険証の推進が高齢者らからはごり押しと受け取られている。エネルギー政策でも持論の「脱原発」を修正し、「リプレース(建て替え)も選択肢」と踏み込んだが、昨今の電力供給事情を見れば、今更の現実路線と受け止められ、党内外にあまりアピールしなかった。
前回2021年の総裁選では「小石河連合」として河野氏を支えた小泉、石破両氏が、今回はライバルとなって立ちはだかる。河野氏の劣勢は、麻生氏の誤算でもある。
麻生派は8月27日、横浜市内のホテルで派閥研修会を開いた。麻生氏は、河野氏支援を基軸にしながら、「一致結束(箱)弁当みたいに縛り上げるつもりはまったくない」と述べ、決戦投票では派として一致した行動をとることを前提に、第1回投票で他候補の支援を容認する考えを示した。だが、この戦略は河野氏が2位に食い込まないと成就しない。
小泉氏と石破氏の決選投票になったら、どう対応するのか。長く主流派を形成し、要職を占めてきた麻生氏が、非主流派に転落する危機に面しようとしている。
その麻生氏を横目に、菅氏が動き出す。翌28日に都内で二階俊博元幹事長に会い、「進次郎をよろしく」と初めて支援を依頼したのだ。二階氏は「オーッ」と応じ、同席していた武田氏ら二階派幹部らに小泉陣営の態勢を調えるよう指示したという。
総裁選は、永田町の「貸し借り」の総決算の場だ。菅氏は安倍晋三政権の官房長官、菅政権での人事や便宜供与を通じて「貸し」が多く、菅グループ、無派閥、各派横断で小泉氏を支援する中堅・若手を含めて第1回投票で60票前後の議員票は固めた、といわれる。
その小泉氏は9月6日の出馬表明で、「自民党が真に変わるには、改革を唱えるリーダーではなく、改革を圧倒的に加速できるリーダーを選ぶことだ」と述べ、改革保守派の立場を鮮明にした。経験不足や言葉が軽いなどの批判には「私の足りないところを補ってくれる最高のチームを作る」と強調する。
政治とカネの問題では、茂木氏に追随して党が所属議員に支出する「政策活動費」を廃止するほか、派閥の政治資金規正法違反事件に関与した国会議員を選挙で公認するかどうかは「地方組織や地元有権者の意見を踏まえた上で厳正に判断する」との見解を示した。
小泉氏も石破氏同様に一事不再理の原則を軽視しているが、「地方組織の意見」を踏まえれば、非公認との結論は出にくい。まして、「首相になったら、できるだけ早期に衆院を解散し、国民の信を問う」と言うのだから、候補差し替えの余裕はないという政治的計算も入っているのだろう。
小泉氏は当初、総裁選初挑戦に消極的で、菅氏は石破氏擁立を考えていた。だが、小林氏が6月、世代交代を掲げて出馬に意欲を示すと、小泉氏に心境の変化が現れたという。菅氏に近い筋は「小泉はコバホーク(小林氏)が出なかったら出なかった。菅さんもそのまま石破を支援していただろう」と明かす。
小林氏が党の派閥を基礎にした政権運営に批判的に切り込み、中堅・若手を動員するなど、果たした役割は小さくないのだろう。
こうした状況を見据え、今回の決選投票で影響力を行使するだけでなく、その先のキングメーカーの一角をうかがおうとしているのが岸田首相にほかならない。
自民党の憲法改正実現本部は9月2日、自衛隊明記と緊急事態条項創設について党の条文案が前提となることを確認した。首相は総裁選を前に「議論を振り出しに戻すことはあってはならない。到達点をピン留めして、そこから先を目指す努力を続けなければならない」と言明した。石破氏が唱える憲法9条2項削除論を念頭に、議論に枠をはめたものだが、これも存在感を示す一環なのだろう。
岸田首相は、岸田派から林、上川両氏を総裁選に出馬させるが、決選投票ではまとまって行動しよう、と派内で打ち合わせている。そのココロは「反菅」「反茂木」らしい。「岸田降ろし」を仕掛け、小泉氏の後ろ盾になっている菅氏、政権を機能不全に陥れた茂木氏は許せない。石破氏にテコ入れしたい、との意向も伝わってくるが、派内外に「石破アレルギー」も強く、総裁選の雌雄を決するかどうかは見通せていない。
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(政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員 小田 尚)

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