「あの時から時間が止まったまま…」「亡き息子のために生きる」大阪ミナミの通り魔事件から14年 遺族の胸中

大阪・ミナミで男女2人が殺害された通り魔事件をご記憶でしょうか。6月10日で、事件発生から14年を迎えました。事件を知る人が少なくなるなか、遺族の時は今も当時のまま止まっているといいます。大切な人を突然失い、何年経っても癒えることのない思いを取材しました。
10日午後、事件で犠牲になった音楽プロデューサーの南野信吾さん(当時42歳)の父・浩二さん(82)と母親、妹の八重さんは、自宅の仏前で静かに手を合わせました。
事件は2012年6月10日、大勢の人が行き交う大阪・ミナミの繁華街で起きました。通りがかりの男女2人が男に包丁で何度も刺され、命を落としました。その1人が信吾さんで、自ら企画したライブイベントのため、大阪へ出張中でした。
現場で取り押さえられた無職の男は、自殺しようと包丁を購入したものの実行できず、「人を殺して死刑になりたかった」と供述しました。
裁判では、1審の裁判員裁判で死刑判決が言い渡されましたが、2審の大阪高裁で無期懲役に減刑され、最高裁で無期懲役が確定しました。
信吾さんの父・浩二さんは、事件後に心臓病と大腸がんを患い、手術を受けなければ余命2年と宣告されました。しばらくはマスコミの取材を避けていました。手術を受け、命をつないだ浩二さんは取材に胸の内を明かしてくれるようになりました。事件後に始めたSNSで、信吾さんへの思いや事件、裁判への考えを発信し続けました。
南野浩二さん
「手術は成功しましたが、大阪ミナミの繁華街で何があったのか、そして亡き息子の生き様を伝えたいという思いがあります。そのことが、自分を長く生きさせているのかもしれません」
妹の八重さんは、事件のあと一度も現場を訪れることができていません。かつて、次のように話していました。
八重さん
「絶対に無理です。今でも無理です。今まで保ってきたものが壊れてしまうと思います」
10日、この14年についてあらためて話を聞くと、静かにこう語りました。
八重さん
「兄が亡くなって以来、時間が止まったように感じています。事件の時に小さかった兄の娘が成人式を迎えたと聞いたとき、時間が経ったのだと気づきました。でも兄はもう帰ってきません」
事件から14年が経ち、世間では記憶の風化が進んでいます。しかし、遺族にとっては、信吾さんを失ったという事実が心の奥に深く刻まれています。
『信吾さんはなぜ、殺されなければならなかったのか』という問いに向き合い続ける日々に変わりはありません。

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