防衛大学校の等松春夫教授が発表した告発論考を受けて、防大のあり方について世間ではさまざまな議論を呼んでいる。現在の防大が抱える問題を現場の学生たちはどう考えているのか。集英社オンラインでは任官辞退者(卒業後、幹部候補生学校への配属の辞退者)と現役防大生への取材をおこなった。(前後編の前編)
【関連記事:防衛大現役教授が実名告発】#1 自殺未遂、脱走、不審火、新入生をカモにした賭博事件#2 防衛大の時代錯誤なリーダーシップ・フォロワーシップ教育【シリーズ:防衛大論考――私はこう読んだ】#1 望月衣塑子#2 大木毅#3 現役教官#4 石破茂#5 石原俊【元防大生の声】#1 上級生が気の利かない下級生を“ガイジ”と呼びすて…
#2 「1年はゴミ、2年は奴隷、3年は人間、4年は神」#3 「叫びながら10回敬礼しろ。何もできないくせに上級生ぶるな」【防大生たちの叫び】#2 女子学生へのセクハラ、シャワー室の盗撮、窃盗事件…
ミリタリー好きがコスプレ感覚で入学してくる現状
「等松先生のおっしゃることも、防大OBの方々のおっしゃることもわかるので、やり切れない思いです」任官辞退者の本田さん(仮名/女性)【1】は、そう語る。任官辞退とは、幹部候補生学校への配属【2】を辞退して民間人にもどることを意味し、批判的な人々の間では、「任官拒否」とも呼ばれる。
防衛大学校の卒業式 写真:UPI/アフロ
これまで集英社オンラインで公開した記事に登場した退校者たちとは異なり、本田さんをはじめとした任官辞退者は防衛大学校を正式に卒業している。その彼女は、本メディアが報じた退校者たちの証言については「五分五分です」と評した。「特定の学生を“ガイジ”呼ばわりしたり、吐くまで食べさせるようなおこない【3】は、言語道断です。厳しく処分するべきだと思いますが、入室要領や清掃に関する学生間指導などを、単純に『嫌がらせ』と断じてしまうことには違和感も覚えました」集英社オンラインの記事をきっかけに、ネット上には防大を擁護する声と非難する声があふれた。中でも、(自称も含む)退校者やOBたちによる「学生間指導の闇」についての書き込みはとどまるところを知らない。「退校者が書いているであろうサイトや書き込みを読みましたが、彼らの半分近くは、入学当初から幹部自衛官を目指すには適性を欠いていた方々なのではないか。そんな思いもあります」本田さんによれば、近年の防大にはミリタリー系のアニメやドラマ、スパイものの漫画、ライトノベル小説などにハマって、まるでコスプレでもするような気分で入学してくる者や、被災地支援の側面にのみ注目して、軍人としての自衛官という立場に思いが至らないまま憧れだけを募らせた学生も少なくないという。
問題は適性のない学生を学校が退校させないこと
「等松先生が告発するずっと前から、学生舎の暮らしがどんなものかは散々ネット上で書かれています。それなのに、どうして(新入生たちは)わからないのか。私には、むしろそれがわかりません。『戦場の理不尽さに耐えるための、日常の理不尽だ』なんて言い方は非常識だし、おかしいと思いますが、それでも、私たちはただの学生じゃないんです。特別職の公務員として学費を免除していただき、手当ももらい、実質的には軍人を目指している。学園ドラマの遊びじゃないってことぐらいは覚悟して入ってきてほしい」
防衛大学校の入学式 写真:Stanislav Kogiku/アフロ
「信じられないかもしれませんが……」と前置きし、本田さんは言う。「私が籍を置いていた、つい最近までの防大の退校者のうち半数程度は、本当に単純な問題として、朝起きられない、夜眠れない、すぐ泣く。ミスを指摘されると、パニック発作を起こす。何度やり直させても、必要な物品を揃えられない。リストを作らせてチェックさせると、そのリスト自体に抜けがあるなど、そもそも閉鎖的な空間での共同生活に適性のない人たちなのではないでしょうか」その上で、「本館」(防大執行部を意味する隠語)や指導官たちが「適性のない学生の存在を把握していながら、退校させないこと」こそが、最大の問題だと指摘した。「私が勝手に決めつけているのではありません。実際、医官が適応障害の診断を下した学生だったり、手首を切ったり、痙攣を起こしたりする学生たちは一定数います。もちろん、本館や指導官が問題を抱えた学生のケアをして、立ち直るための手助けをするのであれば、ぜひそうしていただきたいですが、現実は違います。学校は手をこまねいたまま上級生に丸投げし、すべての問題を学生間指導で解決するよう強いてくるのです」
「地獄」の集団生活
たとえば、本田さんが2年生のとき、同室になった1年生のひとりは、本来同級生であるはずの女性だったという。「彼女は『適応障害』と診断されて留年し、2度目の1学年でした。“上”が『復学プログラム』【4】を準備したということだったのですが、私たち2学年はともかく、4学年の部屋長たちさえ、直前まで事情を知らされていませんでした」そして始まった同じ居室での集団生活は、文字通りの「地獄」だったという。
防衛大学校の入学式 写真:Stanislav Kogiku/アフロ
「彼女は朝起きられないので、当然、清掃はできません。清掃だけじゃなくて、ほとんどの服務ができないので、他の1学年や私たちがやるしかない。座っているだけで済む授業は受けられますが、すぐに疲れてしまうので(1学年が全員参加することになっている)遠泳訓練にも参加せず。『とにかく、なにがあっても彼女を叱るな』と指導官から厳命された部屋長は、対応に苦慮していました。ほとんど何もできていないので、この1年が過ぎても彼女は2学年には上がれません。そんなこと、みんなわかっているのに、指導官も当局も何もせず、私たち(居室の)学生にすべての負担を押しつけるだけでした。本当にその子のことを思い、その子を復学させたいなら、少なくとも同室になる最上級生たちには事前に説明の機会を設けて、復学プログラムと連動した居室におけるケアの計画を立てるとか、服務を満足におこなえないメンバーを抱えるという、その居室の負担への配慮があってもいいと思うのです」たまりかねた上級生たち【5】が、指導官に抗議したこともあったそうだ。「指導官から『我々だって苦労しているんだ』などと他人事のように言われ、部屋長は呆れていました。その指導官によれば、本館や指導官に対して『うちの娘をなんだと思っているんだ。適応障害に追い込んだ犯人を探し出せ』などとクレームの電話が何回もかかってきている、と。そういう状況なので、本人が『やめる』と口にするまで、学校側から『別の人生がある』とは言えないと。それじゃあ、監督責任を放棄しているとしか思えません」#2へつづく
#2 女子学生への公然セクハラ、シャワー室の盗撮、頻発する窃盗事件…問題だらけの防衛大でそれでも私が4年間退校せずに全うすることができた理由【学生たちの証言】
【1】編集部は当該の任官辞退者に面会し、身分確認をおこなった。匿名での情報提供が条件とされたため、個人特定につながる情報を一部変更した。【2】防衛大学校の学生は、月に約12万円の手当を支給される特別職の国家公務員である。卒業後は、一般幹部候補生(曹長の身分を持つ自衛官)として、陸海空の3自衛隊のいずれかの幹部候補生学校へ進む。【3】本田さんによると、既出の記事「1年はゴミ、2年は奴隷、3年は人間、4年は神」と言われる防衛大学校の実態。で、新井さん(仮名)が証言した「下級生に吐くまで食事を続けさせた上級生」は、その後、処分を受けたそうである。【4】心身の調子を崩した学生を復学させるために、個々人に合わせて組まれた特別なカリキュラム。【5】当時の4年生および3年生からは、退校者と任官辞退者が出た。
【関連記事:防衛大現役教授が実名告発】#1 自殺未遂、脱走、不審火、新入生をカモにした賭博事件#2 防衛大の時代錯誤なリーダーシップ・フォロワーシップ教育【シリーズ:防衛大論考――私はこう読んだ】#1 望月衣塑子:「教育者としての絶望」#2 大木毅:「自衛隊が抱える病い」#3 現役教官:「学生を変質させるカリキュラム」#4 石破茂:「国防を真剣に考えると疎んじられる」#5 石原俊:「防大の抜本的なガバナンス改善は急務」【元防大生の声】#1 上級生が気の利かない下級生を“ガイジ”と呼びすて…#2 「1年はゴミ、2年は奴隷、3年は人間、4年は神」#3 「叫びながら10回敬礼しろ。何もできないくせに上級生ぶるな」【防大生たちの叫び】#2 女子学生へのセクハラ、シャワー室の盗撮、窃盗事件…
※「集英社オンライン」では、本記事や防衛大学校に関しての取材協力者や情報を募集しています。下記のメールアドレスかTwitterまで情報をお寄せ下さい。メールアドレス:[email protected]:@shueisha_online