1人「3泊5日68万円」東京・港区立中学校のシンガポール修学旅行は「家庭や教育現場の声が置き去り」

“港区女子”ならぬ“港区中学生”―。そんなキラキラした言葉が生まれそうな「区立中学校シンガポール修学旅行」だ。単純計算で1人当たり68万円也の豪華旅行となる予算を立てた港区。だが現場の声は?区民と保護者のナマの声を聞いた!
都内きってのセレブ区といわれる港区の学校行事が注目を浴びている。きっかけは、9月1日、東京・港区の武井雅昭区長の発表だ。
1人当たり「3泊5日68万円」の修学旅行
「来年度からすべての区立中学校で海外への修学旅行を実施する」
行き先は治安がよく、時差が少ないという理由などからシンガポールが選ばれた。“国際人育成に向けた取り組みの集大成”としての公立中学校全校での海外修学旅行は、都内で初めての試みだという。
現在、港区にある区立中学校は10校。来年度に3年生に進級する予定の生徒は約760人。事業費は5億1200万円なので、単純計算すると、1人当たり「3泊5日68万円」の修学旅行となる。
「大手旅行代理店の5つ星ホテル利用でも20万から30万円が標準パッケージの価格です。LCC(格安航空会社)を使ったツアーでは10万円を切るものも。現地学生との交流やセントーサ島での観光といった内容が盛り込まれているようですが、それにしても驚くほどの高額だと思います」(旅行ライター)
いったい全体どうして“1人当たり68万円のゴージャス修学旅行”が決まってしまったのだろうか?
予算の内容について細かな説明が求められるところだが、驚くのは本件が“港区の区議会議員にも寝耳に水の電撃発表”だったことだ。
《“修学旅行を海外も視野に入れて検討してます”というような行政からの話は今まで一度も議会で報告されることもなく、本当に突然降って湧いてきた話なので我々は、少なくとも自民党議員団はとても困惑しています》
とnoteに綴ったのは、小倉りえこ区議会議員。
同議員によれば、区長の突然のメディア発表で港区公立中学校修学旅行の情報が拡散され、議会での承認も得ていないのに、既定路線であるかのように報道が先走っているとのこと。
区の教育委員会と区長の暴走に、自民党以外の区議からも戸惑いと不快感を表す声が上がっている。
区議が知ったのも記者会見の10分前
「区議のみなさんが今回の件を知ったのは、区長の記者会見の10分前だそうです」
と憤るのは、3代続く港区民で中学生を筆頭にした3児の母のAさん。今回の件について区民の声を聞くことが先決だと、ある区議からアンケート集計を依頼された人物だ。
「港区在住の小学校高学年から中学生の子を持つ保護者を対象に、シンガポール修学旅行について、賛成・反対・どちらでもないの三択で、それぞれの意見を書いてもらいました」(Aさん、以下同)
100人を超すアンケートの結果は「賛成」と「どちらでもない」が同数、反対はゼロだったという。さすが港区と思うところだが?
「保護者としては、子どもたちが喜ぶなら行かせたい気持ちもある。だから渋々賛成の立場を取っているのだと思います。賛成票を入れつつ、回答をよく読むと、かなり批判的な内容が目立ちます」
その具体的な内容を聞くと、「独身の納税者から子育て層はずるいと思われたくない」「ポイ捨てで罰金、など法制度の厳しい国に連れて行くのは心配」「やっぱり高いので予算の見直しは必要だと思う」「予算の優先順序として他に使うべき部分があるのでは」など。「行かせたいがパスポート代などの出費がツラい」という意見もあった。
「どちらでもない」と答えた保護者は「迷っている」「モヤモヤしている」という理由がほとんどだったそうだ。
Aさんは、港区ならではの背景もあると明かす。
「こういう区ですから、シンガポール行きに大っぴらに反対して、ママ友から貧困層だと見下されたくないという意識もあります」
見栄を張っての「賛成」票もあるとすると、「どちらでもない」は実質「反対」なのだろうか。
「そこまでは言い切れませんが、富裕層の多い港区とはいえ、もちろん全員が裕福なわけではありません。各家庭の負担は今までどおりの7万円だといいますが、その7万円が払えない家庭もあります」
仮に修学旅行費用を区が全額負担するとしても、旅行に持っていく必要な物など、準備にかかるお金もある。
港区も貧困家庭は少なくない
「うちも裕福ではありませんし、そういう家庭についてどう思っているのでしょうか」
Aさんは、フードパントリー(食材等の無料配布)での活動を通し、港区の貧困家庭の実情も理解している。彼女によれば、フードパントリーも利用希望者が多く、予約待ちの状態なのだという。
「毎日の食事にも困る家庭が、子どもをシンガポール旅行に行かせたいものでしょうか。今回の海外修学旅行の事業費5億円を使って、全公立中学校の生徒の国内修学旅行負担をゼロにすれば、経済的な理由から修学旅行をあきらめていた家庭の中学生も行くことができると思います」
と声を強める。今年度までの港区の修学旅行先は京都・奈良、広島。各家庭の負担は7万円台に収まっていた。それでも、中学時代のAさんには、仲の良い友達が経済的な理由で修学旅行に行かれなかった悲しい思い出がある。
情報番組『めざまし8』でも、港区立中学校出身のタレント、サヘル・ローズが、
「修学旅行のお金をお母さんが出すのが厳しかったので行かない選択をした。同級生にも(行かない人が)いた」
と、告白している。SNSでは、保護者の負担だけでなく教師の負担についても、不安と怒りの声が上がっている。
「引率するすべての教師が海外旅行慣れしているわけではありませんし、英語が得意なわけでもない。だから、引率のスタッフも必要になる。
また、障害のある生徒の介助スタッフも連れて行くと区は言っており、今の予算では到底収まる気がしません。ここまでして豪華な修学旅行をする価値があるのか。家庭や教育現場の声が置き去りになっていると思います」(Aさん)
無論、早期の海外体験に公金を投入することに賛成の声もある。しかし、声高に国際教育を叫ぶ前に、自治体として目を向けるべきは足元の問題ではないだろうか。
取材・文/ガンガーラ田津美

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