減りゆく公立病院。再編統合の行方はどうなるのでしょうか。兵庫県の三田市民病院は設備の老朽化や医師不足などで済生会兵庫県病院(神戸市北区)と統合・移転することが決まりました。これについて三田市民からは「不便だ」と反対の声が上がっています。そんな中、三田市の田村克也市長は、今年7月に「市民病院統合の白紙撤回」を公約に掲げて当選しましたが、その後の動きに問題があったようです。
公立病院を無くさないで!訴える市民たち
今年6月、兵庫県にある三田市役所。市民らが怒りの声をあげながら市役所を包囲しました。その数96人。彼らが訴えていたのは三田市民病院の存続です。
「あなたには人間性がないんですか」 「市民の声をもっと聞いてください」 「市民病院を今の場所で守ろう」
三田市民病院は19の診療科を持つ市内唯一の公立病院で、24時間対応の救急外来を構え、市内の救急搬送の6割以上の受け皿となる地域の中核病院です。
そんな市民にとって欠かせない病院を、三田市などは去年6月、医療の維持・充実やそれに伴う医師不足、設備の老朽化などを理由に、隣接する神戸市北区にある「済生会兵庫県病院」と統合させ、約5km離れた場所に移転すると決めたのです。
三田市に住む村松美江子さん(71)。8月上旬、夫の博一さん(75)が突然、腰とお腹に強い痛みを訴え、自宅近くの三田市民病院に救急車で運ばれました。
(村松美江子さん)「腰、お腹、脇が痛いと言って病院に行ったら、もうこの状態だったら危なくなったら本当に危険だから手術の予約を取りましょうと」
重度の脱腸と診断され、後日、入院して手術をすることに。取材した日は手術を終えた博一さんを迎えに行きました。
(博一さん)「(Q痛みは?)ちょっと痛いですけど、まあ大丈夫」 (美江子さん)「近くて良かったよね」 (博一さん)「うん。あと先生が優しいおもしろい男の人だったから」
自宅から病院までは車で約15分。2人は市民病院が遠くなることで緊急時の処置が遅れるのではないかと不安を感じています。
(美江子さん)「これから病院にお世話になる年齢じゃないですか、2人ともね。そういった場合に不便さを、一番心配なのはそこですよね」 (博一さん)「行くのにまず不便じゃないですか。死ぬ人だって出るかもしれないでしょ。ちょっとしたことでなりかねないから」
三田市に住む木村忠さん(仮名・86)も腸などに持病があり、6年前から月1回ほどの頻度で市民病院へ通院していますが、公共交通機関を使うため不便になると言います。
(木村忠さん・仮名)「移転したら、バスで駅まで行って、電車に乗って、それでまたバスで行かないといけないでしょ。今やったら1時間か1時間半以内には行けると思うんですけどね。なくてはならん病院ですよね」
『病院移転の白紙撤回』を公約に掲げて当選した市長が…?
今の場所から病院がなくなるのは困るという患者たち。そんな中、今年7月に行われた市長選挙では、市民病院の今後が争点になりました。病院移転の白紙撤回を公約に掲げた田村克也さんが、再編統合計画を進める現職の市長を破って当選しました。
(三田市 田村克也市長)「市民の皆さまのためにやっと仕事ができるときがきたという喜びがあります」
しかし、市長就任後初の議会一般質問で、公約に掲げた病院移転の「白紙撤回」について聞かれると…。
(田村克也市長)「公約に掲げた白紙撤回は、情報公開をしっかりして、市民の声を聞いて、納得を得る。これは市民に対しての私の約束なんです」
田村市長は「白紙撤回とは、再編統合を取りやめるのではなく、市民に情報を広く伝えること」と説明。すると市議からは。
(水元サユミ市議)「辞書などを見ても、白紙撤回とは一度決まった事柄を何もなかった元の状態に戻すことの意味とありますが、田村市長の言う白紙撤回はこの意味で使っておられるのでしょうか?」 (周囲の声)「辞書買いよ」 (田村市長)「白紙撤回についてはですね、水元議員がおっしゃった通り、辞書では、辞書では白紙撤回と言う、辞書と公約、法的根拠含めて、私は理解は多少というか大きく違っていると思います」 (周囲の声)「アホらしくて聞いていられませんわ」
田村市長は「自分にとっての白紙撤回は辞書の定義とは違う」と弁明しました。
市民病院の医師らは市長に統合を要望
この発言にはどのような背景があったのか。取材班は関係者から文書を入手しました。宛名には「三田市長 田村克也様」、そして差出人には「三田市民病院 医師有志一同」とあります。
【文書より】 「専門外やマンパワー不足による救急受入れのお断りなど市民に満足してもらえる医療が提供できない現状に我々は常日頃苦悩しています」
実は田村市長が当選してすぐ、市民病院に勤務する医師59人が診療科の不足や医療設備の老朽化などを訴え、当初の予定通り再編統合を進めるよう市長に要望していたのです。さらに…。
【文書より】 『このままでは退職する医師が出ることが懸念され、雪崩のように退職者が続出する危険性があります』
現在の労働環境では医師の負担が増えて、医師が退職する可能性があるというのです。
専門家が語る『病院側の事情』
自治体病院の経営に詳しい城西大学経営学部の伊関友伸教授は「医療技術の進化に伴う病院の再編統合は全国的に進んでいて、より多くの重症患者の対応ができる病院を今のうちに確立する必要がある」と指摘します。
(伊関友伸教授)「医療がどんどん高度専門化しています。そうするとお医者さんが多く必要になるんですよね。兵庫県の場合は統合再編事例がかなりいっぱいあって、それらはやはり医師数が集まって高度な医療を提供しましたし、今回の新型コロナウイルスでも重症の患者さんを積極的に受けられたと」
また、医療体制が充実していない病院には、当直勤務などに入る若手の医師も集まらないと言います。
(伊関友伸教授)「大学(の医局)もある程度の医師数が集まっている病院でないと、ただ大変なだけで勉強にならないと。そういうところには医師は送らずに引き上げるというのが現実としてありますので、大学の意向も意識しなければならない」
「白紙撤回とは市民に現状を伝え納得感を得たうえで判断すること」
田村市長は、当選後に市民病院の厳しい実態を知り、考えが変わったのではないか?カメラでのインタビュー取材を申し込むと市長は拒否。文書で回答がありました。
【回答文書より】 「白紙撤回の考え方については、これまで進めてきたことを無かったことにする、もしくは否定するというものではなく、現病院の状況や課題、そして、医療現場からの声などを市民の皆さまにお伝えしていき、『納得感』を得たうえで適切に判断していくという考え方であり、市長就任後に変わったというものではありません」
議会での答弁と同じように「白紙撤回とは市民に現状を説明すること」と回答しました。結局のところ、計画通り市民病院の統合を進めるのか、それとも白紙撤回して今の病院を存続させるのか。
その後も取材を申し込むも「すでに文書で回答した」として応じることはありませんでした。
地元住民の命を守る市内唯一の公立病院。市民にとっても医療現場にとっても納得のいく最善策は見つかるのでしょうか。