東北地方を中心に過去最悪の人的被害をもたらしているクマ。中国地方でも生息域を広げており、本州最西端の山口県でも近年、目撃情報が相次ぐ。自治体が警戒を強めるなか、関門海峡を挟んで隣り合う九州に渡る可能性を指摘する専門家もいる。絶滅したとされる九州に再び野生のクマが上陸することはあるのか。
下関での目撃 12年以降、毎年に
国内に生息するクマは北海道のヒグマと本州・四国のツキノワグマの2種。このうち広島、島根、山口の3県を含む西中国地方のクマが生息域を広げている。
3県の調査では、西中国地方のクマの生息域は1999年度の5000平方キロから2020年度までに約8200平方キロに広がっており、22年時点で約1300頭の生息が推定されている。
国内の生息域の西限である山口県では、4月以降で388件(11月24日時点)のクマの目撃などがあった。既に22年度の254件を上回り、過去10年で最多だ。今年は人的被害は出ていないが、22年6月には、同県岩国市の山間部で、70代男性が道路を散歩中にクマに遭遇し、首などに全治数週間のけがをした。
山口県の担当者は生息域の拡大理由を「分からない」とするが、元々は絶滅の恐れがあったため94年度から狩猟が禁止され、各県が保護策を取ってきた経緯がある。生息数の増加を受けて3県は22年4月からの5年計画の中で、対策を「保護」から「管理」に転換。年間捕獲頭数の目安を、5年前の前計画開始時の80頭から135頭に引き上げた。
本州最西端の山口県下関市では12年以降は毎年、クマが目撃されるようになった。今年10月には関門海峡から数キロの地点で目撃されている。そうなると気になるのは、クマが眼前の九州に渡る可能性だ。
九州ではツキノワグマが生息していたが、絶滅したとされる。87年に大分県旧緒方町(現豊後大野市)で捕獲されたが、調査の結果、本州から持ち込まれたクマか、その子孫と結論づけられた。それ以前は、大分、熊本両県の県境付近で、子グマの死体が見つかった57年にさかのぼる。
「あの潮流では無理」「可能性はある」
本州から九州に上陸する手段としては、関門橋を渡る▽関門トンネルを通る▽海峡を泳ぐ――の3通りが考えられるが、日本クマネットワークの足立高行・九州地区代表委員は「いずれにしても九州に渡る可能性は低い」とみる。橋やトンネルには、人から追い立てられるなど、特殊な状況でない限りクマは立ち入らないという。
一方、泳いで渡る可能性については、海峡は最も狭いところで幅約650メートルしかなく、足立氏は「その距離を泳ぐ能力はある」とみる。ただハードルになるのが最速で10ノット(時速約18・5キロ)にもなる潮流だ。足立氏は「あの潮流では無理だ。潮流の遅いところを渡ったり、流されてどこかにたどり着いたりする可能性がなくはないが、私は懐疑的だ」と話す。
一方、森林総合研究所東北支所の大西尚樹・動物生態遺伝チーム長は「関門海峡の幅であれば渡る可能性はある」との見方を示す。
「実は、本州のクマのルーツは九州にある」という大西氏。海面が低かった氷河期には朝鮮半島と九州北部は陸続きだったため、大陸から九州へ移ってきたクマが本州や四国へ広がっていった経緯があり、「本州のクマが九州に渡れば、歴史的には『帰ってきた』ことになる」と説明する。
もっとも、それは歓迎される話ではなく、大西氏は「クマは人的被害を生む以上、九州に渡ることで被害が広がる可能性がある。どういった対応を取る必要があるか、地域の人たちで考えてほしい」と指摘する。【大坪菜々美、本多由梨枝】