〈 「げっ、誰の子だよ…」父親のわからない子を妊娠した立ちんぼ女性…家族への告白、母親から伝えられた“思わぬ言葉”とは 〉から続く
立ちんぼスポットとして知られる大久保公園周辺の路上。周辺にはラブホテルが立ち並び、昔から売春目的の“客待ち”は多く、警視庁の摘発の目が光るエリアといえる。それにもかかわらず、立ちんぼをする女性も、彼女たちを物色する男性も後を絶たない。彼らはどのような思いで大久保公園周辺に集っているのか。
ここでは、毎日新聞社会部記者の春増翔太による著書 『ルポ 歌舞伎町の路上売春』 (ちくま新書)の一部を抜粋。現地で聞かれた声を紹介する。
*記事に登場する「カタカナ」表記の名前は仮名です
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隣り合わせの危険
この一帯にやって来る人が増えれば、それだけトラブルも増える。あたりには酔客も多い。大勢の人の目があるとはいえ、路上に立つ女性たちは、そこに身を置くだけで、リスクを抱えている。
「おまえどうせ立ちんぼだろうが」「言えるものなら言ってみろよ」
ある夜、公園の周辺を歩いていると、激しい罵声が耳に飛び込んできた。目を向けると、さっきまでガードレールに腰をかけて客を待っていた女の子と、明らかに酔っ払った中年男性が怒鳴り合っている。男性は4、5人のグループの1人で、「証拠でもあんのか」と息巻いている。
しばらく成り行きを見ていると、状況が飲み込めてきた。女の子は、男性グループの別の1人が、自分たちの横を通り過ぎたときに体を触ったと主張していた。その男はそのまま歩いて行ってしまったが、「おい、おまえ待てよ」と彼女が大声で呼び止めると、同じグループの別の男性が「何だ」と突っかかってきたという。それが、激高していた中年男性だった。
「おまえじゃねえんだよ。仲間の1人が、うちの体を触ってんだよ。そいつ連れて来いよ。警察に届けるぞ」。女性も負けじと言い返している。それに対して男性が怒鳴り返したのが、先ほどの罵声だった。罵り合いならよくある光景だと思いながら、私は様子を見守った。
つかみ合いになろうかという時、近くにいた2人組の警察官が走ってきた。間に割って入ると、中年男性はおとなしくなったが、女の子は止まらなかった。
「こいつの仲間が私の尻、触っていったんだよ。捕まえてよ」
警察官は彼女たちをなだめつつ、男性グループにも話を聞いている。聴取は5分ほどで終わり、警察官は彼女に何かを言って立ち去り、男性たちもどこかへと消えた。騒ぎを遠巻きに見ていた人たちもいなくなると、女の子だけがその場に残っていた。
私は彼女を知っていた。いつも公園の周りの同じ場所に立っていて、何度か話しかけたことがある。人をあまり寄せつけない雰囲気があり、自分のことは話したがらない子だった。この日はトラブルの直後で気持ちが高ぶっていたせいか、「大変だったね」と声をかけると、大きなため息とともにこう言った。
「最悪だよ。たまにいるんだよ、ああいうクソおやじ。酔っ払って何してもいいと思ってんだろうね。むかつくし、これについては向こうが100%悪いから、警察に来てもらってよかったけど、警官には「互いの言い分が違って確認が取れない」って言われただけだった」
もう何年も路上に立ち続け、何度も似たような経験をしてきたという。彼女から通行人にちょっかいを出すことはないが、酷い目にあっても泣き寝入りだ。
「うちらは基本、警察と絡めないじゃん? 別に「友達と待ち合わせです」って言えばいいけど、向こうだって、うちらが何してるかは分かってるわけだし。その場で変なやつを追っ払ってくれることはあるけど、ちゃんと捜査しようとはしないよ」
そう言って彼女が向けた指の先には、防犯カメラがあった。「あれ見りゃいいじゃん。そうしたら、さっきのも、どっちが正しいか分かるのに」
売春のために客を待つということ自体が法に触れる。彼女たちにとってはそれが弱みとなり、危ない目に遭うことも多い。
いきなり触られたり、金を奪われたり
2年前から歌舞伎町に立つアン(30歳)も、さんざん嫌な思いをしてきた。立っているだけで110番されたり、汚い言葉を投げかけられたりするのはしょっちゅうだ。「先月もあったんですよ」と切り出したのは、強制わいせつ事件にもなりえる話だった。
「結構いい年ですよ。50代くらいにも見えるし、おじいちゃんにも見えるような」。その男性は近づいてくるなり、服の中に手を入れてきたという。彼女はびっくりして一瞬固まった。次の瞬間、「何してんですか。やめてください」と声を上げた。通りかかった人がすぐに110番通報をし、近くを見回っていた警官が数分で駆けつけた。だが、その時には男性は姿を消していた。
成り行き上、アンは自分がされたことを警官に説明したが、そうなると、彼女自身がなぜそこにいたかが問題になりかねない。警官も事情を察していたようだ。「まあ気をつけて」と言われて終わった。
「時々ありますよ。いきなり体を触られそうになって、私が少しでも手を払ったり肩を押したりすると、「暴行だ」「慰謝料を出せ」と言ってくる人もいる。うちらには何をしてもいいと思っているのかな」
坂本さん(NPO法人「レスキュー・ハブ」代表)の相談室によく顔を出すエナは言う。
「いざとなったら、坂本さんのところに駆け込もうって思えるからすごくいいよ。でも毎晩開いてるわけじゃないからね。基本は自分たちで何とかするよ。おかしいやつなんていくらでもいるし、自分の身は自分で守らないといけないからさ」
ある種の覚悟の表れだと思うが、彼女の言葉には、どこかで「何とかなる」「自分は大丈夫」という感覚も含まれてはいないだろうか。路上に立ち続ける女性たちには、少なからずこうした感覚が見え隠れする。
承諾なしの撮影、痴漢、暴力行為……。路上には人の目もあるが、風俗店と違い管理者のいない路上売春では、客から危険な目に遭わされることも多い。
アンはホテルに行くと思ってついて行った客に、自宅に連れ込まれたことが何度かある。「え、無理です」と断れればよかったが、腕を引っ張られ、抵抗できなかったという。室内ではかなり乱暴に振る舞われ、事前に合意した金額は受け取ったものの、「本当に怖かった」と振り返る。
力ずくであり金を奪われた経験があるのは20歳のリオだ。2023年5月、路上で合意した男性と近くのホテルの部屋に入ると、相手の態度が豹変した。金額をめぐって「約束が違う。金を返せ」と言われ、怖くなって財布を出した。さっと手が伸びてきて財布を取られ、中に入っていた13万円を抜き取られた。男は走って外に逃げた。リオは慌ててその後を追ったが、すぐに見失った。13万円は、ネットカフェ暮らしのリオの全財産だった。
警察には届け出なかった。無駄だと思ったし、相手との関係を聞かれて何と答えればいいのか分からなかったからだ。泣き寝入りするしかなかった。
「そもそも、見ず知らずの男性と密室で過ごすことが大きなリスクです」と警視庁の担当者は言う。「金をだまし取られたり、暴力を振るわれたり。性病感染や予期せぬ妊娠もしかり。身の安全を損なう危険がたくさんある。自分自身のためにも、路上での売春はやってほしくないんです」
ネットを避けて路上で
彼女たちは、なぜそうしたリスクに身をさらしてまで、客を取るのだろう。ツイッター(現X)やマッチングアプリを使い、「パパ活」「交援」と称して客を募る女性も少なくない。路上では見知らぬ男から暴言や暴力を受けることもあるし、取り締まられるリスクも高まる。それでも、彼女たちの多くは路上に立つ方を選ぶ。
彼女たちに話を聞くと、「そっち(SNS)の方が怖くない?」と言う。16歳で援助交際を始めたサユリもその一人だ。もともとはツイッターに隠語を書き込み、客を募っていた。だが、常に不安があった。「待ち合わせ場所が駅や路上ならまだいいけど、ネットだと、いきなり家やホテルに呼ぶ人がいて怖かった」。その点、路上で対面すれば、直感的に危ないと思った相手は拒むことができる。
もう一つの理由は、「ネットはバックレが多い」というものだ。連絡なしのキャンセルだ。何往復もメッセージのやり取りをした末に待ち合わせ場所へ出向くと、相手はいない。男性が途中で行く気を失ったり、離れたところから見て好みでなかったため声をかけなかったりするのだろう。女性側からすれば、交通費や時間が削られ、徒労に終わる。2年前から路上売春を続ける20代のカナエは、何度かそんな目に遭って、ネットでの相手探しをやめた。「それに、あれ結構面倒くさいんだよね」
もっとも、ネット上で売春相手を探す書き込みは今も簡単に見つけられる。
「今から歌舞伎で2~会える方」「歌舞伎で生5 #P活 #交縁」
分かる人には通じるハッシュタグを付け、金額を提示した投稿は無数にある。中には「大久保公園に立ちます。呼ばれればそっち行きます」と、ネットと路上の両方を用いる女性もいる。
買う側にとっても、路上で女の子と対面することで得られる安心感はあるようだ。
ある晩、何人かの女の子に話しかけていた男性に声をかけた。少し気まずそうだったが、名前や職業はNGという条件で話を聞けた。30代だった。
「最初は周囲の目が気になったが、何度か来てたら、なくなった。ネット(での買春)は怖いからやらない。どんな子かも、本当に女の子かも分からないし、美人局だってあるでしょう。風俗店にも行くけど、写真を見ても加工されていて実物と違う。ここは、目の前にいるから、好みの子を探せるんですよ」
淡々とそう答えた。売る側、買う側、それぞれに理由がある。
買春する男たち
30代のこの男性は取材に応じてくれたが、買春客の多くはそうではない。買う側は、20代くらいの若者から60代くらいまで幅広い。スーツ姿もいれば、ジャージにジャンパーといったラフな格好まで、さまざまだ。似たような格好で売春をする女性たちに比べ、違いが際立つ。
男性たちに、どうしてここに来たのか尋ねて回ると、少し場所を変えて答えてくれた43歳の男性がいた。「最初は興味本位だった」という。仕事は「個人事業主」と言葉を濁す。路上売春のことは知人から聞き、2023年に入って月1回のペースで来ている。
「どんな子がいるんだろうと思ったら、意外に可愛い子も普通にいるんだなって。ホテル代を入れても風俗店より安く済むし、正直、(風俗店の)プロじゃなくて素人だというのも(よい)」。風俗店には30代から通っていたと言い、罪悪感はないようだ。「ご家族は?」と尋ねると、「息子がいるんだけど、娘がいたら、来られなかったかも。娘がやっていたら? そりゃショックでしょう。家族にバレたら一発アウト」と答えた。
私に対して何度も「警察じゃないよね」と念を押してきたのは、ワイシャツ姿の会社員だった。「警察が記者を名乗ることはないし、そもそも買う方は捕まらない」と言うと、「だよね」と応じた。軽いノリだが50代で、「これでも一応、管理職なんだよ」と明かしてきた。業種は言わなかったがメーカーに勤めているという。「ここの女の子は、こっちも気楽なの。相手がよければホテルだけじゃなく食事に行くこともあるけど、使うのは2、3万円。関係もその時だけ」。買春していることは、会社や家では「絶対言えない」という。
「ウィンウィンでしょ」と話す人もいた。茶髪の頭にタオルを巻いた30代の男性だ。物色するように歩いていたところを話しかけた。「彼女たちは金が欲しくて、自分は金を出して、やることをやってもらう。売春売春って言うけど、互いによければ誰に何か言われるものじゃない。別に値切らないし」。3日前も来て、1万5000円で22歳の女の子とホテルに行った。「その金であの子もホスト行くんでしょ」
彼らに共通していたのは、買うこと自体は「怖くない」ということだった。後ろめたさは少なからずあるようだが、性病への感染や女性とトラブルになるといったリスクは考えていなかった。いずれも、どこにでもいそうな男性だった。
〈 「歌舞伎町って、誰か自分を愛してくれる人がいると思えるんですよね…」14歳から売春を始めていた女性が明かした“いま一番やりたいこと” 〉へ続く
(春増 翔太/Webオリジナル(外部転載))