訪日外国人客数の回復や新型コロナウイルス感染症の5類移行で観光需要が急速に戻る中、一部の地域では過度の混雑やマナー違反といった「オーバーツーリズム(観光公害)」への懸念が改めて強まっている。観光客の満足度低下を招きかねず、政府も10月に緊急対策を公表した。「丘のまち」として人気の北海道美瑛町や、多くの登山者が訪れる富士山を擁する山梨県も対策に追われている。
◆北海道・美瑛
丘陵地帯に広がる田園風景が魅力の美瑛町。水面が青く見える「白金青い池」や、昭和40年代後半のCMに登場した「ケンとメリーの木」など、有名な観光スポットがいくつもある。人口9400人余りのこの町に、コロナ禍前のピーク時には年間約242万人(令和元年度)が押し寄せた。
一方、混雑やマナー違反で地元住民の生活は脅かされている。北海道ではマイカーやレンタカーなど車移動が多いとされ、これにバスツアーが加わると「(観光スポットの周辺で)大渋滞を起こすことがたびたびある」と町商工観光交流課の高島和浩課長は話す。
これらの車両が生活道路や農道に路上駐車し、住民の車や農機の通行が妨げられる事態が起きている。風景の写真を撮ろうとする観光客の農地への無断立ち入りも問題になっている。
すでに町は対策に乗り出している。4月には、オーバーツーリズムの抑止を目的とした「持続可能な観光目的地実現条例」を施行。景観や生活環境を阻害する行為や私有地への無断立ち入りを禁じ、そうした行為が認められるときに町長は期間を定めて立ち入り制限区域を指定できるとした。
道の駅の駐車場拡張や、デジタルツールの活用も進めている。町内の観光スポット4カ所に人工知能(AI)カメラを設置し、混雑情報を分析。データは、道の駅や観光案内所にあるデジタルサイネージ(電子看板)で発信し、観光客の混雑回避に役立ててもらう。
町を潤す観光の振興と、住民の生活の質の確保をどう両立させるか。高島課長は「町の基幹産業は農業と観光。地域の産業がバランスよく成り立つよう(オーバーツーリズム対策に)取り組みたい」と強調する。
◆富士山
世界文化遺産に登録されてから今年で10年の節目を迎えた富士山。日本を代表する観光名所だが、コロナ禍以前から山頂付近の混雑や、山小屋に宿泊せずに夜通しで山頂を目指す「弾丸登山」、登山道での仮眠など、来訪者の集中がもたらす問題に悩まされてきた。
今年の夏山シーズンは、コロナ禍の一服で登山者が急増。主な登山ルートの一つ、山梨県側の吉田ルートは7月の週末、混雑に見舞われ、3連休の中日となった同16日には山小屋の収容能力の2倍となる約4000人が押し寄せた。弾丸登山を試みる人の中には、寒さをしのごうとして山小屋の施設に無断で立ち入るなどのマナー違反が散見された。
山梨県は8月、初めての取り組みとして、登山道が過度に混雑して登山者の転倒や落石といった危険性がある場合、県警に要請し、登山者の進行を規制すると発表。期間は同11日から9月10日までで、「1日の登山者4000人が規制要請の目安」(県世界遺産富士山課の笠井利昭課長)としていた。実際に規制が発動されることはなかったが、山小屋の関係者からは「不幸中の幸い。いつ事故が起きてもおかしくない状況が続いていた」との懸念も聞かれた。県は地元の富士吉田市などと協議し、来シーズンからの登山者の規制について条例化を検討している。
長い目で見たオーバーツーリズム対策として長崎幸太郎知事が掲げるのが、選挙公約でもある「富士山登山鉄道構想」だ。麓と5合目を結ぶ有料道路「富士スバルライン」上に次世代型路面電車(LRT)を敷設し、車からの転換を図り、来訪者数を一定水準に抑える効果があるとしている。
ただ、実現には建設費用の負担や技術的課題などを解決する必要がある。地元の富士吉田市も構想には反対で、着地点はみえない。
10月の訪日客数は、単月で初めてコロナ禍前の水準を超えた。外国人が日本で旅行するときに商品やサービスの割安感が強まる円安の後押しもあり、訪日客数は今後も増加基調が見込まれる。半面、過度の混雑などで観光客の満足度が低下すれば、観光地としてのイメージが悪化し、中長期での集客力に響いてくる。
オーバーツーリズムに関する著書がある日本総合研究所の高坂晶子主任研究員は「オーバーツーリズムには『これをすれば全面解決できる』という特効薬のような対策はない」と指摘。「各地域が先行事例を参照しながら、起きそうな問題を想定した上で、気持ちよく観光をしてもらえるような工夫を凝らし、先手を打って対応していくことが大事になる」と話している。
(坂本隆浩、平尾孝)