静岡県議会12月定例会は、川勝平太知事の「不適切発言」をごまかす不可解な謝罪に始まり、県リニア専門部会長がJR東海に多額資金を要求した「寄付講座」問題、川勝知事の「リニア問題の解決策は部分開業」発言もあって、知事追及の火の手はさまざまに上がった。
ところが、県議会最終日の21日、自民党県議団はあっさりと閉会を決めて、「川勝劇場」の幕を引いてしまった。
6月県議会は最終日に政局となり、深夜になって知事不信任決議案を提出、翌日未明に1票差で否決される事態にまで発展した。
9月県議会も最終日に「不適切発言」が発覚して大もめとなり、結局12月県議会に先送りした。
となれば、「不適切発言」問題を受けた12月県議会は、政局がらみの何らかの騒ぎが起きるはずであり、21日の最終日に大きな山場が来ると見られていた。
今回の「川勝劇場」の幕引きの最大の理由は、国政での安倍派、二階派の政治資金パーティー問題で、東京地検特捜部が19日、前代未聞の派閥事務所への強制捜査を行ったからである。
東京地検特捜部は強制捜査で議員逮捕の準備を進め、年内には大物議員の逮捕まで視野に入れ、組織ぐるみの犯罪に広がる可能性が高いとされる。
となれば、自民党県議たちもそれぞれの地元に戻り、支援者らへの説明を含めて、自民党存立の危機とも言える最悪の状況に備えることを優先したのだろう。
自民党の裏金疑惑が川勝知事には幸いした結果となった。
裏を返せば、川勝知事は県議会の厳しい追及をまんまと乗り越えたと見るほうが正しいのかもしれない。
ただ12月県議会で明らかになった県リニア地質構造・水資源専門部会の森下祐一・部会長(静岡大学客員教授)によるJR東海への「寄付講座」提案は、一歩間違えば裏金問題に通じるおカネの不祥事だけに、今後の川勝知事への攻撃材料になる可能性を含んでいる。
まず12月県議会を振り返る。
9月県議会から先送りされた「東アジア文化都市事業に関わる不適切発言」について、県議会初日の1日、川勝知事は「今回の発言は、東アジア文化都市のレガシー創出に向けた思いを語ったのであり、現時点で何も決まっていない」として、発言の訂正を拒否した。
このため、6日の本会議では「知事は、『三島を拠点とした東アジア文化著都市の発展的継承センター』『詰めの段階』との発言を速やかに訂正するとともに、知事としての発言の重みを十分に意識し、今後は決して、軽率、不用意な発言をしないよう改めて求める」など、不適切発言の訂正を求める決議案が全会一致で可決された。
その直後に、川勝知事は「県議会から決議をいただく状況」に対して「大変重く受け止めている」ので、「心よりお詫びする」と謝罪した。
県議会決議は、「不適切発言」を認めた上で、訂正して反省することを求めているが、川勝知事は「不適切発言」の訂正を拒否した。あまりにも不可解な謝罪となった。
「県議会決議」に対してという、何ともわかりにくい謝罪をした後、川勝知事は「不適切発言」の端緒となった「三島市を拠点とする東アジア文化都市の発展的な継承センター(事業)を白紙にする」として、不適切発言の火元すべてを消した。
「不適切発言」を認めて、訂正することを拒否した理由などは、「『心よりお詫び』はするが、『不適切発言』の訂正は拒否…川勝知事が『口先だけの謝罪』を繰り返す本当の理由」に詳しく紹介した。
「不適切な発言があったならば辞職する」と発言した川勝知事に対して、「不適切発言」を認めるよう求めることはできたはずだが、県議会ではうやむやにしてしまい、最後は矛を収めるかっこうとなった。
つまり、今回の「不適切発言」問題は雲散霧消してしまった。
続けて元島田市長の桜井勝郎県議(無所属)から厳しい追及があったのは、2021年10月、県リニア専門部会の森下部会長がJR東海に総額約1億円もの資金提供を求めた「寄付講座」提案問題だった。
森下部会長の提案書では、「掘削によるトンネル湧水量を可能な限り低減させる方法を研究する。また、トンネル湧水により生じる生態系への影響を低減させる」など、まさに現在、JR東海の調査資料を基に、県専門部会で議論しているテーマが並んでいるだけで、大学で研究する新しいものは何も含まれていなかった。
桜井県議は、リニア工事をやらせないように遅らせようとする森下部会長のネガティブな会議運営を批判した上で、「トンネル工事を早期に着手したい弱みにつけ込み、JR東海から多額のカネを出させ、自らが主任教授となって報酬をせしめる裏取引を持ち掛けた」と厳しく追及した。
その上で、「川勝知事の関与の有無」についてただした。
川勝知事は「新聞報道で初めて知った」と逃げたが、桜井県議は「国の有識者会議の座長に対して、知事は『御用学者』などと叱責したにもかかわらず、森下部会長に対して不問にして放っておくのはいかがなものか」と川勝知事の政治姿勢を問題にした。
森下部会長は、寄付講座の費用を年3048万円、3年間で総額9144万円と基本構成で試算したとしている。
基本構成には、基本料金、教職員人件費、講座研究費の項目を並べている。
JR東海の調査資料に基づいて研究するのだから、どう考えても、費用が掛かるのは主任教授となる森下部会長らの報酬等である。
寄付講座で森下部会長の報酬に見合う主任教授の仕事とはいったい何なのか?
リニア担当部長は「森下部会長に確認したところ、寄付講座の設置について私案を説明しただけである。また、提案が実現しなかったことは、その後の部会運営や発言に何ら影響しないとの認識であるとうかがった」と、専門部会の運営があたかも公明正大だったかのような言い訳をした。
と言うのも、専門部会後の囲み取材で、森下部会長のJR東海を威圧するような発言等について記者たちから厳しい意見が続き、あまりにも恣意的な会議運営が問題になったからだ。
「私案を説明しただけ」ならば、ちゃんと多額の費用についてわかりやすく説明すべきであり、寄付講座の主任教授の仕事とは何なのかを明確にしたほうがいい。
今回の田代ダム案について、利水者から書面による了解が出そろったところで、川勝知事は森下部会長の意見を尊重するとして、再び専門部会に戻すことを宣言した。
森下部会長は11月20日、田代ダム案の実施について、5項目の協議事項が必要との意見書を提出、今後も専門部会で対話することを要請している。
それを受けて、川勝知事は「トンネル湧水による水質、水温や生態系への影響という懸念は残されたままである。県としては、大井川水系の水資源及び南アルプスの自然環境の保全の両立を図るため、引き続き、JR東海との対話を進めていく」とのコメントを発表した。
つまり、「実現性を技術面から確認するために、引き続き県専門部会でJR東海との対話を進めていく」と川勝知事は主張しているのだ。
それにもかかわらず、JR東海は12月21日、田代ダム案の実施に当たって、東京電力リニューアルパワーと合意に至ったと発表した。
まるで田代ダム案の実施に何ら問題がなくなったようにさえ見える。
とにかく早く、県地質構造・水資源専門部会を開催して、両者の主張に齟齬がないことをはっきりとさせるべきである。
ところが、専門部会は8月3日に開催して以来、約5カ月間も開かれていない。
このままでは、何が何だか大井川流域の人たちには理解できないだろう。
専門部会を開いた後、流域市町、利水団体、県の加入する大井川利水関係協議会をきちんと開催して、あらゆる疑問を解消すべきである。
今回の「寄付講座」問題が発覚して以来、森下部会長は専門部会の開催から逃げているとしか思えない。このままでは半年以上、専門部会が開かれない恐れさえある。
JR東海は、県専門部会の開催を県に強く求めていくしかない。
また森下部会長は公の場で「寄付講座」提案についてひと言も口にしていない。県専門部会後の囲み取材で、本人から直接、説明してもらいたい。
今回の12月県議会で、川勝知事は、リニア問題の解決策について、「『部分開業』をJR東海は目指していくべきだ」と発言、事務方は県の公式見解としてしまった。すなわち、静岡以東の品川―山梨間を先に開業させればいいというものだ。
もともと川勝知事は、「静岡工区のリニア問題の解決ができないならば『部分開業』を考えろ」と主張していた。
それなのに、リニア問題の解決策を「部分開業」としてしまったのだ。「静岡工区のリニア問題の解決」が「部分開業」ではつじつまが合わない。
つまり、「部分開業」とは、川勝知事の「頭の中の思いつき」をそのまま発言した、リニア問題の解決策でも何でもない無責任な主張に過ぎない。
JR東海は14日、もともと2027年としていた東京・品川―名古屋間の開業を、静岡工区の未着工を理由に「2027年“以降”」に変更すると発表した。
この発表の最も重要な点は、「2027年のリニア開業ができないのは、川勝知事が着工を認めないためである」ことを明確にしたことである。
川勝知事の「部分開業論」には以前から批判が集まっており、神奈川県の黒岩祐治知事は「リニアに乗ってみたいという人は乗るかもしれないが、遊園地の電車ではない」と苦言を呈していた。JR東海の丹羽俊介社長も21日の会見で「部分開業を行う考えはない。現実的ではない」とした。
このままJR東海が川勝知事と対決姿勢を強めるためには、森下部会長による専門部会の開催を求めて、そこでさまざまな問題を追及したほうがいい。
静岡県のリニア問題は、2017年10月、川勝知事が「あたかも水は一部戻してやるからともかく工事をさせろという態度に、わたしの堪忍袋の緒が切れました」と爆発したことから始まり、その後、JR東海との協議は全く進展していない。
水資源保全の解決策・田代ダム案などは宙に浮いたまま、2024年を迎える。つまり、静岡県のリニア問題は、解決の兆しのないまま7年目に突入する。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)