犯人像、物証、指の傷… 全面対決の袴田さん再審、 証人尋問など実質審理へ

昭和41年、静岡県でみそ製造会社の専務ら一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さん(87)のやり直しの裁判(再審公判)が、静岡地裁(国井恒志裁判長)で続いている。検察、弁護側は、3つの論点で全面的に対立。今月以降は、再審開始が決まった後に検察側がまとめた「新証拠」に関する鑑定人尋問など、実質的な審理が始まる見込みだ。
姉が「代理出廷」
「弟に代わって無実を主張します」
昨年10月27日に静岡地裁で開かれた再審初公判。袴田さんの姉、ひで子さん(90)が証言台の前に立ち、罪状認否を行った。
袴田さんを巡っては、令和5年3月に東京高裁が再審開始を決定。ただ、事件から約57年を経て開かれた再審公判の法廷に袴田さん本人の姿はなかった。袴田さんには長年の身柄拘束による拘禁症状があり、地裁が「自分の置かれている立場を認識できない」などとして出廷を免除したためだ。
検察側は再審公判での立証を3つの論点に整理。弁護側はこれらに反論する形で、袴田さんの無罪を主張している。
昨年10~12月に開かれた5回の公判では、論点に関わる双方の主張の説明が終わった。袴田さんを死刑と判断した確定審で扱われた証拠や、再審請求審で新たに出た証拠の取り調べも行われた。
3つの論点ことごとく
再審公判での検察側の1つ目の論点は「犯人はみそ工場の関係者で、袴田さんは犯人の行動を取ることができた」というものだ。
検察側は、凶器と主張する「くり小刀」のさやが、みそ工場関係者に支給された雨がっぱから発見されたと指摘。袴田さんは事件当時、現場近くの従業員寮に一人でいたことから、他の従業員に気づかれずに犯行に及ぶことができたと主張した。一方、弁護側は、専務ら被害者4人を襲ったのは怨恨(えんこん)目的の複数犯で、袴田さんには犯行に及ぶ動機がないと、検察側の主張を否定した。
2つ目の論点は、事件の約1年2カ月後にみそ工場のタンクから見つかった血痕の付いたズボンや下着などの「5点の衣類」に関するものだ。検察側は「5点の衣類は犯行着衣で、袴田さんがタンクに隠した」としている。
5点の衣類については、再審開始を認めた東京高裁決定が「捜査機関による捏造(ねつぞう)の可能性が高い」と指摘。弁護側も「捏造」だと主張しており、昨年12月の第4回公判では5点の衣類のうちズボンとステテコの実物を法廷で示した。
3つ目の論点は「袴田さんが犯人であることを裏付ける事情が他にもある」というものだ。
検察側は、袴田さんの左手中指に犯行時に負ったとみられる傷があることや、くり小刀を販売していた刃物店の店員が袴田さんに「見覚えがある」と話していたことなどを説明。弁護側は、指のけがは被害者宅の火災の消火活動で負った可能性があるなどと主張した。
「赤み」争点に
今後は、5点の衣類に残された血痕の「赤み」や、DNA型鑑定などを巡る本格的な審理が始まる見通しだ。中でも赤みについては、検察、弁護側双方が「みそ漬け再現実験」を行ったが、結論は正反対となった。
弁護側は1年以上みそと一緒に漬けこまれていれば「衣類の血痕は、化学反応により黒褐色に変色する」と主張。衣類がタンクに入れられたのは袴田さんの逮捕後だったとする一方で、検察側は「赤みは残り得る」と主張し、袴田さんが逮捕前に入れたとしている。
検察側は、再審に向け、血痕の赤みについて専門家に意見を求めるなどの補充捜査を実施。こうした「新証拠」について、1月以降、鑑定書の取り調べや、専門家の証人尋問が行われるとみられる。
このほかにも、弁護側は、静岡県警が袴田さんを取り調べた際の録音を法廷で再生する方針で、袴田さんが「自白」を強要されたことを立証するとみられる。
地裁は年度末までさらに6回の期日を指定している。関係者によると、審理が順調に進めば、5月下旬に結審する可能性があるという。(橘川玲奈)

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